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コラム

BIMで音楽大学をデザインする

2016.04.28

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

■桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス1号館
この4月「桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス1号館」(以後、桐朋)の設計担当者とし
て、日本建築学会から作品選奨をいただいた。


この仕事では、最初期のコンセプトつくりから実施設計や現場監理に至るまで、BIMやコン
ピュテーショナルデザインが大きな役割を果たしたプロジェクトであった。今回はそのデザイ
ンのアウトラインを説明させていただく。
 
■牢獄のような空間からの脱却
不思議なことに、音楽大学を訪れてみると、「牢獄」のような印象を受けることがしばしばあ
る。
遮音性能を有したレッスン室が必要であることから、音楽大学は、コンクリートの遮音性能を
利用して、RCの壁式構造で計画されることが多い。加えて建築家はシンプルな外観をまず決
めてしまい、その中に中廊下を通し、間仕切り壁で軒割にしてユニット化して設計したレッス
ン室を羅列する手順を踏みがちである。そんなわけだから、牢獄に見えても不思議はない。


加えて最近の一流施設では、レッスンルーム相互の遮音を気にして、分厚いコンクリート壁で
仕切られるため、音楽大学でありながら廊下を歩いても楽器の音は聞こえず静まり返り、牢獄
らしさはより強められてしまう。
桐朋の設計にあたって掲げた目標の一つは、この「牢獄」のような空間からの脱却であった。

■望まれる形のレッスン室を提供する
まず、各レッスン室の大きさ、プロポーションなどの音楽的機能面は、教授陣と学生たちの思
いを最大限に聞き入れたいと思った。
ヒアリングの結果、全てのレッスン室は、大きさも、プロポ―ションも、天井高さも、望まれ
る残響時間も、すべてバラバラになってしまった。考えてみれば無理もない。クラシック音楽
という複雑なコンポジションを構成するバイオリンやチェロなどの楽器は、それぞれが個性を
持ち、異なるレッスン体系を築いてきたわけであるから。楽器の違いを無視して、そもそも
レッスン室が同一形状の繰り返しとして計画されてきたのは、建築をつくる側の事情でしかな
い。
そこで、望まれる形のレッスン室を、積み木を置くように求められるレッスンルーム相互の関
係性を考慮して積み重ねる作業から、基本計画をスタートした。BIMを使ったおかげで、面積
集計などがリアルタイムかつ自動的に行われるため、ストレスなく作業に没頭できた。

■レッスン室相互に空隙を挟み込み
レッスン室は、間に空隙を挟み込み、自然光と通風を取り込める形式にした。
外部への音漏れの問題から、レッスン室には大きな窓開口を設け自然採光や通風の確保が難し
いため、それを補うものとして廊下部分では自然通風や採光を望む声が多かった。そこで、
レッスン室の間に空隙を挟み込んで配置する基本形を思いついた。こうすれば、空隙を廊下や
テラスとすることで施設内に自然採光や通風を無理なく取り込み、レッスン室と共存させるこ
とが出来る。
レッスン室の間に挟み込んだ廊下は、レッスン室相互の遮音層としても働くことになる。つま
り、レッスン室間には音が漏れないものの、廊下からはレッスン室からの響きはわずかに漏れ
聞こえるという微妙な現象が生まれる。


■レッスン室が向かい合うコーナーをガラス張りにする
さらに、レッスン室の閉鎖性を拭い去り、廊下に溢れる自然光を散り込むため、レッスン室の
廊下側のコーナーのコンクリート壁には大型の開口を設けて、ガラス張りにした。
これにより、レッスン室が建ち並ぶ音楽大学でありながら、各所に光があふれ、ビスタが広が
り視線が交錯し(プロの音楽家は絶えず人の視線の中で演奏する)、レッスンの状況が漏れ聞
こえる音楽大学の基本形が生まれた。
廊下やレッスン室からのビスタが、本当に抜け良くつながっているかの確認には、BIMが効果
的であることは言うまでもない。
レッスン室を囲むコンクリート壁は、開口が設けられることで、荷重的には大幅にシェイプ
アップされ、次のステップでの構造的なチャレンジを可能にしている。


■3層形式に収束
レッスン室をはじめとした諸室のレイアウトスタディの結果、施設を地上二層、地下一層の
三層で合理的に納められそうなことが見えてきた。
2階には比較的音が小さな、バイオリン、ビオラ、チェロといった弦楽器やチェンバロのよう
な古楽器のレッスンルームを配した。
地下一階には、施設中最大の音を発生するオーケストラ形式でのアンサンブルを行う室や、打
楽器や管楽器などといった比較的大きな音を発する楽器のレッスン室を配した。土を効果的な
遮音層として用い、周辺施設へ迷惑をかけない形式とするためだ。
1階には、学校滞在時間が極めて長い音楽大生たちが、レッスンの合間に休息できるキャンパ
スを、広がり感があり、周辺に広がる緑地を借景するため、ピロティ状の抜けのある空間とし
て確保したいと考えた。これは、コンクリート壁式構造を基本としてきた音楽大学施設では、
確保ことが難しかった空間でもある。


■3層の構造体を調整する
これら3層に重なる、互いに異なる構造形式の調整こそが、この計画を実現する上での肝であ
り、チャレンジであった。
地下1階は、アンサンブル室を含むコンクリ―ト壁を主体とする大スパン空間。2階には、
レッスン室からなる比較的小スパンのコンクリート壁を主体とする空間が乗る。そしてその間
には抜けのあるピロティを挟むという、構造的合理性からだけ見れば荒唐無稽ともいえるもの
であるが、音楽大学という視点から見れば極めて合理的ともいえる。
これを成立させるためには、
①地下1階のアンサンブル室(グレー)と、2階のレッスン室(赤)をBIMで重ね合わせる


②2つの壁の交点の位置に、1階には柱(黒)を入れる


③1階の柱スパンがコンクリート増として成立するはしたスパン、柱密度となっているかを
チェックする
④成立していなければ、約束したレッスン室やアンサンブル室の形状はいじらず、その間に挟
まれた廊下や空隙の幅を調整して、①の作業へ戻る
という作業を繰り返し、繰り返し行うことで、3層の構造体を成立可能なものへと収束させる
作業が必要になる。

■BIM上でのシミュレーション
実際には、上記の①から④のプロセスに、下記の2つのプロセスをさらに加えている。
一つ目は、BIMを用いたコンピューターシミュレーションで、今回は音響と自然採光と通風で
あるが、廊下幅の決定に大きく関与したのは自然採光と通風のシミュレーションだった。①か
ら④で仮決定された廊下や空隙幅は、シミュレーションより自然通風や自然採光の視点からも
チェック、調整し、①のステップへと戻る。



二つ目は、廊下の視線の抜け。入り組んだ廊下ながら見通しを確保して施設にわかりやすさを
与え、限定的な式地の中で可能な限り広がりが感じられる施設とするため、BIMの中にVRを
使って入り込み、ビスタの抜けを調整し、①のステップへと戻る。

幸か不幸かはわからないが、作業は、コンピュテーショナルな手法と、BIMでの手作業を組み
合わせた「デジタルな泥臭さ」に溢れる作業であった。手作業とはいえ、BIM上のデジタルが
ベースとなっていたからこそ、コンピュテーショナルな手法とのコラボが可能となったともい
えるわけであるが。



また残念ながら今回は、調整作業をシリアルに進めたわけであるが、各作業にコンピューター
を連動させてパラレルに多目的最適化が図れるのはもはや間違いがなく、そう遠くない時期に、
より早く複数の収束解をコンピューターのアシストにより得ることが出来るようになるだろう。

■集落的空間
レッスン室等の諸室の理想的な形状と関係、自然採光や通風の獲得、理想的な音響施設など、
音楽大学として必要かつ合理的なものを多層的に検討した結果、そこに生まれたものは、それ
らの合理性をストレートには感じさせず、むしろ自然発生的に生まれた村落の景観のような
ナチュラルさが感じられる。外観もまた、内部のプログラムと形の生成の仕方が、そのまま立
ち現れたのみ。しかしながら、一つ一つの形状が無意味なランダムではなく、まさにバナキュ
ラーな集落に表れた一見意図なき形状と同様に、一つ一つ意味を遡っていける。
そして、牢獄のような閉鎖性、単調さは消え失せた。

結果として、桐朋では、図面からは通り心の概念は消え去った。床を支持する梁伏は結果とし
てランダムとなったが美しく、可能な限り「あらわし」として用いている。並行配置でありな
がら、全ての梁間の寸法が異なるため、空間全体が特定周波数に共振することもなく、意匠と
施設プログラムを具合よく橋渡しが出来たようにも思っている。


目指した「牢獄のような空間からの脱却」は、ある水準で達成できたと自負しているが、時代
は人工知能へと大きく動き出しているので、満足している場合ではない。
BIM×コンピュテーショナルデザイン×A.I.がどんなデザインを生むのか? プレイヤーの一人
に加わりたいと思っている。


補足
桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス1号館のムービー(クリックするとYouTubeへリンク
します)

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員