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コラム

歴史的建造物をBIMで保存する

2016.06.23

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

このところ、BIMは設計や施工の生産性を上げる手段だけでなく、建物ライフサイクルにわたっ
て活用できる、建築情報として認知されるようになってきた。単なる3次元形状+属性データに
とどまらず、統合された建物データとして竣工後の運営維持管理や資産管理、さらにファシリティ
マネジメントで利用できることがBIMの持つ本来の価値といえるだろう。
 
BIMが情報化された仮想の建築であることを考えると、建物ライフサイクルでの動的な活用だけ
でなく、未来に向けた静的な保存の手段としても有効なのではないかという発想につながる。
ICTで例えれば、刻々と変化し脈動するビッグデータと、変更されずに精緻に蓄積され続けるデー
タウェアハウスとの比較としてイメージできるかもしれない。
 
時を経て文化財となった歴史的建造物や時代を象徴する建築は、もちろん建築それ自体が適正に
保存されることが望ましいだろう。しかし、様々な理由で取り壊されたり、本来とは異なる姿で
存在したりする建築もある。歴史的建造物の記録と記憶を未来に継承していくためには、実体と
は別に永続的に存在可能な情報としても、建築を保存すべきではないだろうか。
 
建築を記録する手段として真っ先に思い浮かぶのは図面である。素晴らしい建築の図面はそれ自
体が完成された絵画のようであり、見ているだけで楽しい。模型にしても完成度の高いものは、
元の建築から独立した作品として鑑賞することができる。建築情報の保存手段として否定される
ものではない。しかし、意匠だけではなく工法や材料、周辺との関係、構造や設備の技術をはじ
めとする様々な要素を統合することが、情報として建築を保存する上で考慮すべきではないだろ
うか。そう考えると、BIMは歴史的建造物を記録し保存する手段として、適しているのではない
かと思えるのだ。
 
筆者の勤務しているNTTファシリティーズは2014年、オートデスク、トプコンと共同で、山口
県下関市の「下関市立近代先人顕彰館 田中絹代ぶんか館」のBIM化を実施した。この建築は逓
信省営繕課により設計され、大正13(1924)年に「旧逓信省下関電信局電話課庁舎」として竣工
したものである。その後下関市の所有となり、老朽化による解体が検討されたものの保存される
こととなり、現在に至っている。電話交換局だが、意匠の特徴として塔屋屋根の曲面形状、アー
チ窓、柱頭飾りのないフルーティング付列柱など、ヨーロッパで興ったモダニズムの影響を大き
く受けており、日本初の建築運動となった「分離派建築会」に通じる特徴を持っている。類似す
る建物は大半がすでに解体されており、日本の分離派様式の特徴を持つ数少ない建物のひとつと
して知られている。
 
図面や現地調査によって得られた情報と、3Dレーザースキャナーによる点群データを元にBIM
モデルが作成された。図面を元に作成したBIMモデルと点群データを比較することで、歴史的建
造物を高い精度でBIM化して保存できることがわかった。完成したBIMモデルは、展示スペース
の利用、模様替えや改修計画の検討といった従来の運営維持管理だけでなく、空間構成や他の建
物との比較によるデザインの系譜の評価分析といった学術的な利用、建築を専門としない施設利
用者への建物の理解やウォークスルーによる仮想体験等、様々に利用できたと聞く。その後の幾
つかの同様の取り組みを通し、歴史的建造物の情報を保存する手段としてBIMに今後の可能性を
感じた。
 
歴史的建造物をBIMで保存することに価値があるのなら、次に考えるべきことは、歴史的建造物
の情報をアーカイブとして後世に伝えるためのBIMモデル作成要領を標準化することだと考える。
少し調べてみたのだが、歴史的建造物のBIMアーカイブに関するガイドラインのようなものを見
つけることはできなかった。厳密にルール化する必要はないかもしれないが、モデル要素やLOD、
属性データ項目等のガイドラインを示すことで、歴史的建造物のBIM化に対する基準ができれば、
より多くの建築の記録と記憶が、情報として未来に受け継がれるのではないだろうか。建築史の
分野がBIMやICTと深く連携すると、更に面白いことが起こるのでは、という期待と興味もある。
 
歴史的建造物をBIMモデルとして保存し、様々な図面を出力する。3Dプリンタを利用して模型やディテールを再現する。VR(ヴァーチャルリアリティ)で空間を体験する。その他、今までには
なかった活用も期待できる。また、歴史的建造物に見られる経年劣化への対応や耐震対策に対し
ても、コスト算定を含め、より有効な方針策定が可能となるだろう。専門領域でのさらなる深掘
りや、逆に建築以外の領域での建築教育や歴史的建造物の価値の啓蒙に役立つかも知れない。
 
すぐにでも世界中の歴史的建造物や著名な建築をBIM化したくなるところだが、実現に向けた課
題も多い。建築に関わる様々な権利の整理、BIMモデル作成に関わるコストの負担、作成された
BIMモデルの管理や流通や利用のルール等、考えだすときりがない。それでも社会や文化の基盤
となる歴史的建造物を、劣化しないデータとして未来に残すための検討の価値はあるのではない
だろうか。
 
下関市立近代先人顕彰館 田中絹代ぶんか館

3D-PDFデータに変換したBIMのダウンロード

 3Dレーザースキャナーによる点群データ

 3Dレーザースキャナーによる点群データ


 作成されたBIMモデル

 作成されたBIMモデル


 

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長