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コラム

BIMに適した業務プロセス改善の必要性

2016.07.28

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

BIMを導入したプロジェクトでは、基本設計から実施設計にかけたdesign development業務の
進め方を変えていかなければ、仕事の効率化を望めないばかりか従来の方法と比較して手間が増
えるといった意見が多かった。最近、このような嘆きは少なくなった気がするが、抜本的な解決
に至っているとは思えないし、BIMに取り組み始めようとする際に直面する課題であることに変
わりはないだろう。海外では、プロジェクトの初期段階にBIM Project Execution Planを作成し、
その中で、企画段階から維持管理にかけてBIMモデルの完成度を上げていく道筋や役割分担を明
示する例もある*1。日本においても、日建連のIT推進部会/BIM専門部会が提唱した「BIMモデ
ル合意*2」の考え方が浸透すれば、BIM実行計画の必要性が増すと思われる。その中では、
「BIMで何をやるか」「BIMモデルをどのように構築するか」をプロジェクトの関係者が合意を
して明示するが、design development業務のプロセス改善という大局的な視点が弱いようにも
思われる。
 
そもそも、design developmentのプロセスを変えなければBIMモデル構築の手間が増加するよ
うな現象は、設計要素の相互依存性が複雑に連鎖したまま放置されていることに起因する。もう
少しわかりやすく言えば、ある部分の設計で発見した問題を修正した影響が、かなり前に完了し
た業務や別のチームが行っている設計に影響し、その修正がさらに他の業務に遡って影響するよ
うな「循環現象」が解決されていなければ、BIMモデル構築の手戻りや修正が多発するというこ
とである。それを回避する手っ取り早い方法は、実施設計終盤に生産設計用のBIMモデルを構築
することだが、設計→施工→維持管理までのあらゆる工程で情報活用をしようとするBIMの本質
からすれば対処療法にすぎない。BIMアプローチを進めるならば、要素相互の影響は避けられな
いにしても、その循環の範囲を最小限にする努力に価値がある。このような検討に役立つ技法と
して「Design Structure Matrix:DSM」がある*3。
 
DSMとは、要素や作業などの項目を縦軸と横軸に同じ順序で記述した行列である。Aの決定がB
の検討に影響を与える、すなわちA⇒Bの関係ならば、縦軸のAと横軸のBの交点に「1」をマー
キングする。「柱や梁の寄りや高さが変更になると、ダクト配管のモデルを作り直す必要が生じ
た」という現象は、「構造部材の寄り・高さ検討」という作業と「ダクトルートの検討」という
作業の交点にマーキングする。一方、AとBが相互に依存する、すなわちA⇔Bの関係は、縦軸の
Aと横軸のB及び縦軸のBと横軸のAの2ヵ所にマーキングする。このような関係にある項目の設計は、担当者同士の調整が必要である。完成したDSMは、最適な執行順序とは限らない。そこで、パーティショニングのアルゴリズムを用い、マークが対角線の左下、かつ対角線に近づくように、
縦横の項目を同時に並び替える*4。パーティショニング後のDSMは、手戻りの少ない順序で項目
が並び替えられ、かつ、相互依存性の高い項目がまとめられる。つまり、手戻りの循環の範囲を
最小限にした解を得ることができる。
 
BIMアプローチに対するDSMは、設計要素相互の関係だけでなく、BIMソフトウェアの特性も組
み入れて記述するのが良いと思う*5。例えば、排水管のBIMモデルの構築で、勾配を付けた後に
配管のルート変更ができないとすれば、勾配を付ける前に配管ルートを確定しなければ、モデル
修正の手間が多くなる。BIMモデルは図面と違い、オブジェクトごとの承認を可能とする技術で
あるので、プロジェクト別に理想のものを決めプロセスを追求することができる。
 
とは言え、設計順序を整理するための項目の抽出やそれらの相互依存を定義することは、そんな
に簡単な話ではないし、それらやソフトウェアの特性を記述したDSMを作成できたとしても、
パーティショニングの結果が、意匠・構造・設備の検討が複雑に入り組んだものになることは容
易に想像がつく。また、各種のレビューやフェーズゲートの体系及びそれに用いる技法を再構築
する必要もあるかもしれない。最初から完璧な最適順序の作成を目指そうとせず、わかりやすい
レベルのDSMを作成し、改善を繰り返しながらロジカルに最善解を模索するのが現実的と思われる。DSMは、BIMに適したプロセス改善の効果を可視化して関係者の合意を得やすくするツール
と位置付けて良い。
 
過去の技術や技法をベースに築かれたルールが常に最適であり続ける保証はない。個々の業務を
改善するごとく、マネジメントの体系もBIMを含むICTの進化を取り入れた継続的な改善が必要
である。それらの両輪を回すことで生産性の大幅な向上を図ることができるのではないかと考え
ている。
 
*1 いくつかの発注者がBIM Project Execution PlanやBIM Requirementのテンプレートを
 webで公開している。例えば、WBDG(Whole Building Design Guide)にある、
 U.S. Air ForceのBIM Project Execution Planなど。
*2 日本建設業連合会「施工BIMのスタイル-施工段階における元請と専門工事会社の連携手
 引き 2014」
*3 DSM研究の第一人者であるマサチューセッツ工科大学のスティーブン・D・エッピンジャー
 は、著書の中で世界的な大手建設会社スカンスカ(Skanska)社によるイギリスの大規模な
 病院建設で、2,500を超える設計と調達の作業をDSMで分析し、それらの最適順序と分科会
 や合意レビューのスケジュールを計画した事例を紹介している(スティーブン・D・エッピ
 ンジャー他「デザイン・ストラクチャー・マトリクス DSM」慶應義塾大学出版会、2014)
*4 Partitioningアルゴリズムを実装したEXCELマクロは、DSMweb.orgからダウンロードで
 きる。
*5 志手一哉「BIMによる建築生産の変化の可能性」BE建築設備 779号, pp.15-21, 2015



 

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授