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コラム

チューリングとマンチェスター

2015.05.07

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

飛行機の機内で天才数学者アラン・チューリングの生涯を描いた映画「イミテーション・ゲーム」
を見る事ができました。計算機科学や人工知能の分野の人間なら誰でも知っている名前ですが、
1936年に若干24歳で発表した計算可能性理論の論文にチューリング・マシンというアルゴ
リズムを用いた計算モデルのコンセプトを初めて提示した現在のコンピューターの生みの親と
言うべき先駆 者にもかかわらず、その理論を実現したのが第二次世界大戦のドイツ軍の暗号
機エニグマの解読のための計算機であったため長い間その功績は隠され続け、さらに同性愛者
であった事が当時のイギリスの法律で罪に問われて自死をしてしまった不遇な晩年であった事
でも知られ、映画はその名誉回復の意図のもと に彼の人生を見事に描き出しています。
 
映画の題名は人工知能の「知性」に関する哲学的な問いかけをしたチューリング・テストの事を
意味しており、単に数学的な天才性だけはなく計算機の時代の「人間観」を開拓した特異な存在
である事も映画を通じて多くの人が理解するのではないかと思います。ただデザインとコンピュ
ーターの関係を考える立場として少し残念だったのは、亡くなる直前に取り組んでいた形態形成
に関する研究に関する描写がほとんどなかったことでした。再帰的な植物の葉のつき方にフィボ
ナッチ数が存在する事に着目し、当時はシミュレーショ ンが不可能にも関わらず生物的パターン
の自己組織性を説明する拡散反応方程式を発見したことは、この人物が計算機的手法で生命の
神秘にも切り込む「自然観」も持っていた事を示すからです。
 
ところでこの映画を見たのは彼が晩年この研究をしていたマンチェスターからの帰りだったのも
何かの巡り合わせかもしれません。19世紀に急激に発展したこのイギリスの工業都市は少年時代
に鉄道模型にはまった経験のある人なら誰でも感激してしまうような鉄道構造物の街でした。
今も運河の上に幾重にも折り重なる鉄橋の下を市民の公園に再生するなどして、工業都市の空間
が文化として愛されています。科学技術的な理性でつくられたものも人間の郷愁や情感の対象と
融合していく事をチューリングは暮らしの中で感じていたのかなあと考えさせられました。



 

池田 靖史 氏

慶應義塾大学大学院SFC 政策・メディア研究科  教授