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コラム

ライブコーディングと建築

2017.03.16

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

先日、六本木のSuper DeluxeでBeyond Code #3というイベントが開催された。国内外のメ
ディアアーティストやDJ/VJが集まり、ライブコーディングのパフォーマンスを行うイベント
だ。
 
Beyond Codeは今回が3回目の開催で、過去の出演者にもノイズで関わりのある人も多い。
今回もいくつかのプロジェクトで協力いただいている田所淳さんをはじめ、こうした分野を切
り開くアーティスト・プログラマーが多く集まった。
 
ライブコーディングとは、通常のいわゆる音楽やDJパフォーマンス(パフォーマーは楽器や
ターンテーブルを扱う)とは異なりパフォーマーは壇上でPCを扱う(そしてまず間違いなく
Macだ)。プログラム画面を会場にプロジェクターで開示しながら、その構造や変数をリアル
タイムに変更する(コーディングする)ことで、やはりプロジェクターで投影される映像や音
を生成し合成し、会場の流れにも即応しながら一つのステージ・総合体験としての場をつくり
だしていく。
 
音楽家がステージの上で楽器を操り、その場の雰囲気や成り行きに応じて音楽を紡ぎ出すよう
に、もしくはダンサーがその場で踊りを創造しDJやVJがレコードや映像データを繋ぎ合わせ
て音や動画を構成するのと同様、ライブコーダーはその場でコードを書き、入れ替え、調整す
ることで音と映像をダイナミックにかつ自由に生成する。楽器であれば音だけが表現手段だっ
たものが、コードを扱えば映像もシームレスに扱えてしまうのもポイントで、原理としては
データで扱えるものならなんでもライブにシームレスに扱える(例えば様々なアクチュエー
ターで動く機構など)。
 
音の世界では、音楽家といえば生の楽器を扱うものという古典の常識が徐々に崩れ、エレキギ
ターのような補助的な電子機器がまず認知され、シンセサイザーのような合成音に、またはリ
ミックスのような録音と合成を基礎とした編集行為にも作家性が認められなどと、音楽という
表現活動の基礎となる機器や音源、生成、構成の手法は大きく拡張を繰り返してきた。こうし
たプラットフォームとメディアの拡張の傾向は、スピードや変化勾配の差こそあれ社会のあら
ゆる分野に認められる傾向でもある。建築独特のタイムスパンによる時差(建築はどうしても
動きが遅くなる)はあるものの、建築という分野にもまた何らかの形で確実に入ってくる流れ
だろう。表現という世界は、古典的には楽器や建築物など、表現者が直接「肉体」を操作する
ことが正統、というよりもそれ以外に手段を持ち得ないまま近代を迎えた。それが技術の進歩、
意識の拡張とともに可能性を広げ、徐々に間接的にダミーとしての「人形」も操作対象になり、
さらに投影としての「写真」も扱うようになり、ついには「遺伝子」の操作も表現の一環とな
るのも当然の流れなのだろう。ここで遺伝子に相当するものがコードだとすれば、ライブパ
フォーマーが行っていること、つまりは遺伝子のリアルタイム操作により間接的に肉体の複合
表現を行うようなことは、建築の世界にも遅かれ早かれ入ってくるに違いない。
 
そもそも音楽という分野はいろいろな点で、建築の動向を探る上で良い参照になる分野である。
ルネサンス、バロック、現代などといった大きな様式分けはそもそも共通しているし、音楽の
記譜法と建築の図面とは、人が客観的に他者と共有する手段を持たない複合的な情報の総体を、
何らかの形で低次元に圧縮し、他者との共有を試みる手段という点で並列関係にある。現在建
築の世界でもGrasshopperのようなビジュアルコーディング手法がようやく普及しつつあるが、
音楽の世界は90年代に(同様なビジュアルコーディングのソフトウェアである)MAX/MSPの
普及とその後の飽和状態を既に経験していて、今さらにもう一度そうしたソフトの価値が見直
され使われる次の波の中にいるというような、建築から半位相先行するサイクルの参照性もあ
る。デジタル技術もしくはコードというプラットフォームに乗ることで、音や建築、さらには
映像やその他様々な情報構造を持つ実体は、情報構造としての比較において差異性を相当程度
に消失し、相互に参照性、相関性を高めはじめる。つまり、それは可能性だ。
 
今更言うまでもないことだが、音楽業界の構造や商習慣、消費や伝達の大きな変容は、生成の
手段や要素の変化にあわせて加速度的に業界の構造を変容させている。さらにライブコーディ
ングのような世界では、音と映像の境界も(もしかしたら3次元の物質も)シームレスに扱わ
れる。同様の破壊的融合の傾向は、今後より広い分野に拡大していくだろう。
 
そういう半周先を行く実証実験としての音楽や映像の世界を、技術・表現・商業的構造や流通
などの視点で見始めたとき、建築の未来には一体何が投影されるのだろう。一体何が他分野と
の共通項で、何が建築ならではの特質となるのだろう。そうした分野を超えた同質性や差異の
ありどころは、おそらく新しい世界の表現の、ビジネスの、価値創造の大きな鍵になる。ライ
ブコーディングの技術もまた日々進化する。建築にどっぷり両足を浸かっている我々は、せめ
てそのアンテナだけでもそのスピードについていけるだろうか。片足を踏み出すことはできる
だろうか。

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー