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コラム

春に想う*大人の話

2017.03.30

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

この文は、数年前に想いと自戒を込めて話した母校の武蔵野美術大学の卒業式での祝辞の一部
である。学びの始まる春、BIM・CADやICT系とは異なるが、一部を削除追加し、コラム欄に
再録することをお許し頂きたい。
 
大きな人と書く、大人の話。
非暴力主義を貫いたインドの政治指導者、宗教家、弁護士であったマハトマ・ガンジーは、大
人の「七つの社会的罪」を挙げています。
1.理念なき政治(Politics without Principles)。
2.労働なき富(Wealth without Work)。
3.良心なき快楽(Pleasure without Conscience)。
4.人格なき教育(Knowledge without Character)。
5.道徳なき商業(Commerce without Morality)。
6.人間性なき科学(Science without Humanity)。
7.献身なき宗教(Worship without Sacrifice)。
 
アメリカのオバマ前大統領就任演説の一節に、「今、我々は、新たな責任の時代に入り、一人
一人が自分自身と世界に義務を負うことを認識し、喜んで、この機会を捉えるのだ。」とあり
ます。
 
大人とは、罪ある行動を抑制する強い心のもと、義務と責任を負い、喜んで与えられた機会を
捉える人ではないでしょうか。自分の才能や能力、適性を大学の学びだけで見極めるのはとて
も難しいことです。私自身も卒業後に本格的な自分捜しが始まりました。そして、自分のネ
トワークを両手の指の数の10チャンネルを常に持つことに辿り着きました。この一つにムサ
ビチャネルがあります。これらのチャネルが、素晴らしい力と勇気と大きなチャンスをその
時々に与えてくれました。目指していたものづくりの原点にもなり、良き仕事にも繋がりまし
た。10チャネルのネットワークを常にオン状態にするには、少しばかりのエネルギーと知識、
そして好奇心とチャレンジ心が必要でした。ただ、漫然とチャネル化するのではなく、アク
ティブに楽しく参加し行動することも肝心でした。私には、これらのチャネルが、自分と社会
をつなげる全てと言っても過言ではないとも思っています。それ故に、とても大切にし、そし
て、宝だとも考えています。そして、無意識のうちに異分野での触媒的な仲間が増え、お互い
の反応や視野を広げることなどにチャネル化はとても有効でした。現在、私たちは、ICT技
術などの急激な社会構造の変化の渦中にいます。このことを世界の大変革の兆しとみると、変
化に富む面白い時代に入りつつある可能性があるともいえます。言い換えると、新たな理念に
基づく「創造・創作・表現」が始まる予兆ともいえます。今、歴史上でも稀な大変革と新チャ
ネルに巡り合う千載一遇のチャンスなのかもしれません。
 
併せ、「ものづくりや表現の根幹」は、広く、深く、そして不変です。あなたは、基本理念を
この大学で身につけてきました。この教育を契機として、新しい一歩と明日は、今、ここにあ
るとともに、ここから、まさに始まろうとしています。卒業後の活動には、リアリティーが、
より強く出るでしょう。そして、今までの受動的な立場とは異なり、ただ待っていても誰もな
にもしてくれません。先日、卒業制作展を見ましたが、社会に問うことは、この時、既に始ま
りました。表現や作品は、社会の厳しい評価や批判も受け、対価と責任も発生します。世界の
時の流れとも深く関連していくことでしょう。残念ながらテロや戦争、温暖化も時の流れの
一つです。大人の活動とは、この時の流れとの対峙でもあり、「自分の時の流れ」を構築して
いくこととも言えます。情報を発信し、判断し、そして、継続していく必要があります。継続
故に可能になることもあるでしょう。「今」でしか出来ないことの積み重ねです。加えて、自
分の向こう側には必ず「人」がいます。ICT化などが進めば進むほど、「顔と顔」を合わせ
ながらのコミュニケーションが、さらに重要となります。そして、実感ですが、時は移ろいや
すく速いものです。大人の時間には、限りがあります。そして今の瞬間より若い時はありませ
ん。この時の流れの中で直接、人に会うことが、とても大切なことであることも記憶に留め於
いてください。最後に、大きな可能性と夢に向かって活動をスタートさせ、良き大人を目指し
てください。そして気負わずに、ゆったりとした気持での活動の継続を願っています。
 
重い荷物が増えるシルバー世代の大人として、自戒も含めて、再度、思い出し、心を引き締め
ている。



松家 克 氏

ARX建築研究所 代表