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コラム

中国建築デジタルデザインの新たな挑戦

2017.04.11

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

4月5日からの4日間、建築コンピュテーショナルデザインの国際学会CAADRIAが中国の蘇
州で行われた。旧知の仲間たちの最新の成果や、新たな若い世代の挑戦だけでなく、未知の分
野からの情報にも出会える貴重な機会を逃さないように毎年参加しているが、今回もその期待
を裏切らない様々な内容に触れられ満足している。何にも増して印象的だったことは、基調講
演に迎えた3名の中国人による力強いメッセージとともに、いくつかの一般講演の中でも繰り
返し出ていた開催国である中国というコンテクストの中でのデジタルデザインの意味を考えさ
せられたことのように感じている。今回のコラムはCAADRIAの報告を兼ねてその事について
考えてみたい。

 会場になったXI'AN JIAOTONG-LIVERPOOL UNIVERSITY(西交利物浦大学)は英国との提携
 で産まれた国際大学である。本館はAEDASの設計。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のa as architectureのWebサイト
 へリンクします。

 会場になったXI'AN JIAOTONG-LIVERPOOL UNIVERSITY(西交利物浦大学)は英国との提携
 で産まれた国際大学である。本館はAEDASの設計。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のa as architectureのWebサイト
 へリンクします。


 上海浦東の超高層(撮影:筆者)

 上海浦東の超高層(撮影:筆者)


経済開放以来20年の急激な経済成長と国際的な建築技術の吸収はもうご存知のとおりである。
蘇州の隣の都市上海には特に高い3本の超高層が並んで立っているが、1998年完成の金茂
タワー(SOM)は2次元CADデータのスケーラビリティーを活かしたタケノコのようなデザ
イン、2008年の世界金融中心(KPF)は3次元CADによって1次曲面を上手に使っている
し、最も新しい2016年完成の上海タワー(Gensler)はパラメトリックデザインの申し子
のような2次曲面をしている。考えてみれば全てアメリカの組織事務所で、シンボリックな超
高層建築に競い合うようにして最先端の建築デジタル技術を取り入れてきた歴史を物語るよう
である。しかしトップレベルにおける新しい技術という意味ではもう数年前に学び終わってい
ると言って良さそうだ。海外との共同プロジェクトを手がけながら学んで来た技術の高さと吸
収の早さは中国を代表する組織設計事務所である北京市建築設計研究院(BIAD)が単独でBIM
やパラメトリックデザインを駆使したPhenix International Media Center(鳳凰国際伝媒中
心)が既に2012年に完成していた事を思えば当然なのかもしれない。

 鳳凰国際伝媒中心/北京市建築設計研究院(BIAD)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると鳳凰国際伝媒中心を設計した設計事務所の
 Webサイトにリンクします。

 鳳凰国際伝媒中心/北京市建築設計研究院(BIAD)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると鳳凰国際伝媒中心を設計した設計事務所の
 Webサイトにリンクします。


しかしむしろそうした経済成長の激流が緩み、社会を牽引するための象徴性が優先されたプ
ロジェクトから、もっと大衆的で一般的なレベルのプロジェクトにおける意識へと移って来て
いる事が最もポイントのように感じている。
例えば、基調講演者のPhilip F. Yuan(袁烽)はロボットアームを使って伝統的な材料であるレン
ガ積を新しい建築技術へと再生させることで、職人達の工法に蓄積された知恵が展開するプロ
ジェクトで大きな評価を受けている。いわばBIMや情報技術が工場生産される部品の精度を高
度な工業技術で極める方向ではなく、むしろ大衆的な建設技術の存在を利用して、地球的な技
術と地域性が結びつくことで産み出す建築的な価値を追求している。

   池社/Philip F. Yuan(上海同名国際建築設計)
   ※上記の画像、キャプションをクリックすると池社を設計した設計事務所のWebサイト
   にリンクします。

   池社/Philip F. Yuan(上海同名国際建築設計)
   ※上記の画像、キャプションをクリックすると池社を設計した設計事務所のWebサイト
   にリンクします。


彼の作品以外でもDaode Li (李道德)が四川省の農村を改造して創ったうねる瓦屋根などバナ
キュラーな空間や工法の持つこれまで意識されていなかった価値を未来に活かすために、情報
技術を使おうとするいくつかの試みは特に印象的に思えた。過去を振り返るよりも前に向かっ
て全力で疾走していた中国経済と文化が、ずっと成熟した視線で様々な問題に取り組もうとし
始めていることを思えば、蘇州という中国庭園やバナキュラーな街並の価値を活かす事に成功
した街が今回の会議の舞台となっている事も、なにか象徴的な巡り合わせなのかもしれない。

 牛背山志愿者之家/Daode Li (李道德)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のgoooodのWebサイトへリンク
 します。

 牛背山志愿者之家/Daode Li (李道德)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のgoooodのWebサイトへリンク
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また同じく基調講演者のZhenfei Wang(王振飛)という若手建築家による青島世界園芸博覧会
天水服務中心では、人の流れとランドスケープの関係を最適化できるようにパラメトリックに
生成した流動的プランが上空から見るといかにもアイコニックな流体的デザインを目指したよ
うに見える。ところが目線を地上面に落とすと、まるでランドスケープの中に隠したような目
立たない存在であって、それは隣接する別な建物を引き立てるという条件に合わせた意図通り
の結果だと言っていた。シンボル性を競い合う建築群の時代を思えば信じがたい発言だった。

 青島世界園芸博覧会天水服務中心/Zhenfei Wang (王振飛 HHDFN)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると青島世界園芸博覧会天水服務中心を設計した
 設計事務所のWebサイトにリンクします。

 青島世界園芸博覧会天水服務中心/Zhenfei Wang (王振飛 HHDFN)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると青島世界園芸博覧会天水服務中心を設計した
 設計事務所のWebサイトにリンクします。


そして彼の講演では、例えば、ジョイント部分のデティールを徹底的に簡略化することを目的
に全体のジオメトリを張力の物理シミュレーションで探し出す例のように、極端に限定された
工事予算こそが新たなデザインによって実用的な価値を産み出せるチャンスであることが強調
されていた。様々な生産設備が存在している中国で難しいジョイントが製作できないと言って
いる訳ではない。しかしそうした高度な製品と一般流通品の間には信じられないほどの価格差
があって、むしろ安価な一般流通品の信頼性が確保できない事が問題なのである。自然界の幾
何学的システムにおいては形態を単純化するのではなく工法の単純化のために複雑な形態が効
果を持つことに注目することで、この問題にコンピュテーショナルなアプローチを考えている。
私にも中国のプロジェクトで似たような経験があるから、こうした方向性にとても共感を覚え
る。工事労働者の平均工賃は未だに日本よりは安いと言っても10年前の何倍にも値上がりし
て、今ではそれほどの差がある訳ではないから人海戦術的な方法が通用する訳ではない。一方
で安全管理や品質管理の分野が立ち後れていたが、ここに日本と同じような倫理観や法律制度
で縛り付けるよりも、情報の記録と流動を高度に確保することで、全く別の解決方法があるの
かもしれない。中国建築において現状でも変わっていない事情の一つに、建築物の設計と工事
が完全に分離されており、さらに言えば多くのプロジェクトで構造体などの基本設計と工事、
内装を中心にした工事が分離されて、その間での情報のやり取りはほとんど期待されていない。
にもかかわらず工事そのものは経済的理由などでしばしば中断され、違う状況の中で再開され
る。これについて設計者の意図と違う建設がされる事が問題というよりも、時間軸を越えた柔
軟性や適応能力を産み出す事にBIMを導入し、国内の政治的事情や経済的な問題を乗り越える
ために、先端的な情報技術を取り入れた新たな制度を希求する議論にも大変興味を覚えた。
 
こうした変化をどう思っているのか、90年代後半から中国でコンピュテーショナルデザイン
分野をリードして来たWeiguo Xu(徐衛国)に基調講演後の質疑応答で聞いてみると、他のこと
もさることながら、20年前には中国の建築学会で孤軍奮闘だったコンピュテーショナルデザ
インの分野に、海外で新しい技術を学んだ若い世代が続々帰国して大きな潮流を造り出したこ
とを強調していた。そして今、経済的な急成長の時期が終わり、派手さに注目が行きがちだっ
た大型プロジェクトが減少しているなかで、その若い世代は単に先端的だからではなく、新た
な状況に立ち向かうためにもがきはじめ、デジタルデザインのその活路を見出そうとしている。
日本から見ると成長期の建築物による現在の都市景観の大味な印象や、その負の遺産とも言え
る環境的な問題などが取り上げられることが多いからか、中国の現代建築の展開に大きな期待
がされていないような気がするのだが、この20年間で成長したのは建物だけでなくこうした
技術的人材と文化意識の蓄積である。成熟して来た意識が、今でも巨大なことに変りのない中
国でどのような可能性を見せるのか、むしろ今後こそが注目すべきだと感じた。

池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長