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コラム

時には未来の話を

2017.04.18

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

あの日のすべてが空しいものだと
それは誰にも言えない
今でも同じように見果てぬ夢を描いて
走り続けているよね どこかで
(「時には昔の話を」、アニメ「紅の豚」より)
 
私は完全にこの時代のスタジオジブリ作品と共に成長した世代でしてCV加藤登紀子のジーナ
がこのエンディングを歌うわけですが、この劇中ジーナの名言といえば何と言ってもこれで
しょう。
「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの。」
この歳になったいま、改めて泣けます。すみません、ただそれだけです。
 
ときどき、毎月よくネタが出てくるね、というお言葉をいただきます。最初の4、5回はス
トックがあったのですが、それを使い果たしたあと数回は苦労しました。今は、「提出した瞬
間に次の原稿を下書きして1ヵ月置いておく」という方法にしています。下書きを校正してい
る最中は(こう見えても)いろいろと取捨選択をしているので、そこでボツにした内容を軸に
して勢いで一本分仕上げておくと次が楽だということに最近気がつきました。荒木飛呂彦氏し
かり秋本治氏しかり、長期連載を落とさず続けられる方々は大量のストックをお持ちだとのこ
となので(例外もありますが*1)バックアップ1本の私なんてとてもまだまだですが、ない
よりは良いはずと自分に言い聞かせています。
 
……というわけで私がこれを書いている今は3月7日です。シンガポールから帰国して初めて
迎える辛かった冬がもうすぐ終わりそうな気配を感じます。この「日々あたたかくなる」とい
う感覚はシンガポールにはたえて無かったもので、非常に前向きな気持ちになる自分自身に驚
きます。そんなわけで普段は恥ずかしくて書きづらい「私は未来がどうなると思っているか」
ということを書いてみたいと思います。
 
人工知能が建築、とくに建築設計や施工計画にどのような影響を及ぼすか、という議論が増え
てきました。そこで出てくるアイディアは例えば、様々な法規や敷地の環境条件からボリュー
ムを自動的に生成する技術とか、納まりを自動化する技術とか、建物工程を自動的に組み上げ
る技術とか、とかく複雑なインプットを伴いながらなにか「ひとつ」の結論を導き出さねばな
らないものがよく上がってきます。
 
しかし私の中からは、本当にそうだろうかという疑問が常に抜けません。「そこが一番楽しい
ところでは?」と思ってしまうからです。
楽しいばかりで仕事は成り立ちませんが、本質的には建築・建設という産業のもつダイナミズ
ムやロマンチシズムあっての仕事であることは間違いないと思います。技術は主体的に選ぶも
のである限りにおいて、オイシイところを技術にあげてしまって、比較的つまらない作業の時
間が残される、というのは腑に落ちません。
 
AIはそれとわかるものではなく、どんどん見えなくなていく、という主張*2はその通りでは
ないかと思います。AIが何か人格を伴うものである必要は実は特にありません。カクテルグラ
スに添えられたライムには隠し包丁が入っているとよく絞れますが、そのことに気づく人は自
分でそれをしたことがある人くらいで、殆どの人はバーテンダーの気配りを意識することなく
それを飲むのです。
 
AIによって設計できる、計画できる範囲は生まれ、広がるでしょう。作曲できるAIの出来映え
は年々上がっています。何で移動するにせよルート決めはコンピュータに任せる機会も増えま
した。しかしプロの作曲家は曲を作り続け、プロのタクシードライバーは胸のすくような抜け
道を知っています。そこにあるのは「そうしたい」という意思であり、それ以外の何物でもあ
りません。
 
日本の建設業は、業界のもつ規模に比べて、中から外へ向かって物を変えていくダイナミズム
が小さいと我が事ながら思ってしまうことがあります。ビジネスですから建築主ありきで、す
べてを一人格が決められるわけではありません。しかし建設業の「中の人」には、やるからに
は素晴らしい物を作りたいという止められない欲求があり、それを商売にして生きています。
インスピレーションを頼りに難題に立ち向かいたいと思っています。プロジェクトの動力源は
理詰めの解ばかりではなく、何かを克服したいという熱量であることもあるのです。しかし人
間には死角がつきものです。その「熱中した時に陥りやすい視野狭窄」は命取りになることが
ある。そこをAIが補う。そしてもと色々な人との楽しいものづくりが実現するといい。選べ
るならそんな筋書きがいいように思います。
 
建築の失敗学は、その社会的な影響が大きいことから取扱注意の情報であると思われがちです。
しかしどんな建物にも、「あのライムには隠し包丁を入れておけばよかった」というレベルの
「こうしておけばもっとよかった」という学習可能な失敗があるものです。その失敗が次なる
実装に結びつくということが、建設業の質を高めます。こういうのを「転ばぬ先の杖」という
のかもしれません。
 
「防水は入り隅で終わりたい」「点で接する仕上げは納まらない」「2連のダウンライトは詰
めて並べる」……私にもどこかで習ってよく口にするマントラがたくさんあります。こうした
知恵は、誰かのものではありません。また、それをたくさん知っている事が偉いわけでもあり
ません。そうしたことをクリアしながら建物を世の中に届けることが価値創出であるのです。
抜け道だけ知っていても、そこを走り抜ける機会がなければ意味が無いのと同じように。
 
甚だ地味かもしれません。飴細工のような形態や、宙に浮く建築が「未来のすがた」であって
ほしいと私自身も想像しますし、それにはそれとして確かな需要があるでしょう。しかし、都
市をそのように変形させることが我々の仕事、というわけでもないのです。時には不可能とも
思えるような条件の中で物を作っていくという営みの総体(としての建築・都市)に敬意を払
い、ひとつひとつ建物を作る、その創造力を拡張する技術を考え、選び取り、使っていくこと
が必要なのだと思うのです。
 
紅の豚に出てくる若き設計士フィオは、試作戦闘機から外を眺め、「綺麗……世界って本当に
綺麗。」と呟きます。私も同感です。アルゴリズムや最適化は事実強力なツールで、これから
の我々に欠かせませんが、だからといって最適化ツールでこの世界がアウトプットできること
はありません。そこをつなぎとめる人格を少しずつ養いながら、コンピュータを味方につけな
がら、進んでいくのが道だと思うのです。
 
だから、「さあ、モリモリ食べて、ビシバシ働こう」――ピッコロのおやじ
 
P.S.「睡眠不足はいい仕事の敵だ」――ポルコ・ロッソ
 
 
*1  祝!五木寛之「日刊ゲンダイ」の連載が"ギネス"記録更新中
*2  WIRED VOL.20 (GQ JAPAN 2016年1月号増刊)/特集 A.I.(人工知能)



 

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授