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コラム

考える建物と蝉の声

2017.08.29

パラメトリック・ボイス                清水建設 丹野貴一郎

私が生まれ育った山形に山寺という寺があります。正式名称は宝珠山立石寺と言い、860年に
円仁が開山したとされています。岩肌に沿った急な石段を登りながら拝観をするのですが、終
点の奥の院は1070段登った先にあり、軽い登山をすることになります。
山形にいると小さい頃から遠足などで度々山寺に行く機会があるのですが、そこで必ず聞く話
が、松尾芭蕉が奥の細道の途中で訪れた際に詠んだ「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と言う有名
な句についてです。様々な解釈があるとは思いますが、簡単に言うと現実世界とは隔離された
ような山寺で蝉の声を聞いているうちに閑さを感じ取ったという句です。
山寺がある山形市は東北にありながらフェーン現象の影響で夏は非常に暑く、2007年に更新
されるまで日本の最高気温記録をもっていたほどです。その暑さの中で急な山を登りながら聞
く蝉の声はけたたましく、とてもじゃないけれど悠長に句など詠めないと思いながら登ってい
ましたが、そこにさえ閑さを感じ取るとはさすが芭蕉、そのような豊かな感受性を持ちなさい
と教えられ、汗だくになりながら俳句を考えた事を覚えています。
しかし、実は芭蕉が聞いたのは現在よく鳴いているアブラゼミでは無くニイニイゼミと言うこ
とがわかっています。検索して鳴き声を聞いて貰えればわかりますが、小氷河期と言われる江
戸時代でおそらくは現在よりは気温も低いなか、人気の無い山の中でニイニイゼミの声であれ
ば私にも閑さを感じ取れる気がします。

BIMを使った環境シミュレーションが行われるようになりましたが、一般的には今後の地域の
気候の変化やそれに伴った生態系、社会環境の変化までをシミュレーションすることはないで
しょう。
建物は竣工後の使われ方や街並みの変化で当初の意図とはかけ離れていくことが多々あります。
近年ではリノベーションの様な文化も根付いてきて、用途が変わる事も珍しくありません。逆
に建築メディアで取り上げられるような建物が誰にも使われずにひっそりと取り壊されている
事もあります。
様々な意味で環境の変化に適応出来なければ消えていくことは自然の摂理なのかもしれません。
維持管理におけるBIM活用は建物を様々な変化に適応させ長生きさせる重要な第一歩だと思い
ます。IoTやAIを使って自分で考える建物を作るようなことができれば、建物自身が変化に適
応していく計画を立てる事も可能になるかもしれません。そうなればシミュレーションの精度
も格段に向上し、安易な発想ではありますが地球環境も改善に向かっていくことでしょう。

久しぶりの山寺で滝のような汗をかき普段の不摂生を反省しながら、進化を続ける先端技術が
建物の長生きに繋がり、いつかまた蝉の閑さを取り戻せないかと思いを馳せた夏休みでした。

丹野 貴一郎 氏

SUDARE TECHNOLOGIES    代表取締役社長