WeWorkは、ワークプレイスのみならず、
SNSとBIMも変える?
2017.09.07
ArchiFuture's Eye 日建設計 山梨知彦
■シェアードワークプレイス
ここ数年高まってきたシェアードワークスペースの話題が、今、ピークを迎えつつある。
シェアードワークスペースをひっさげ、アメリカのワークプレイスを刷新してきたWeWorkが、
ソフトバンクと合弁会社を設立し、日本に上陸することになったからだ。2018年には、東京
にその第一号オフィスがオープンするという。オフィスに関わってきたデベロッパーも、家具
メーカーも、インテリアデザイナーや建築家も、そして施工者も、彼らがどんなワークプレイ
スを展開するのか、そしてそれが日本という、グローバルスタンダードに比べて常に特殊性を
色濃く抱えたマーケットで成功を収めるか否か、注目をしている。そして、昨今の好景気の中
で急速に息を吹き返し、やっと知的生産性への投資を行い始めた日本の企業もユーザ目線から、
彼らが提供するワークプレイスが、いかなる知的生産性をもたらすかに、今熱い視線を注いで
いる。
※一般的にはWeWorkは知的生産を生み出すコワーキングスペースに当てはまるが、近年日本
のシェアードオフィスはコワーキング化し、日本ではシェアードオフィスと呼ぶことが多く
なってきた。本コラムにおいては、シェアードオフィス(ワークプレイス)とすることを
ご了承頂きたい。
■WeWork
WeWorkは、2008年にアメリカで創業された、まだ生まれて間もない企業だ。コワーキング
スペース(シェアードオフィス)と呼ばれている、1つのワークプレイスを個人ワーカーから
異なる企業に属するワーカーが「シェア」して同時に利用するシステムをひっさげて登場した。
シェアによる新しいワークプレイスと、その新しい賃貸方法と、そこでの新しい働き方を提供
することで、なんと僅か10年間でグローバル企業へと成長した。今では15カ国49都市に、
150を超えるワークプレイスを提供し、そこを利用する会員は10万人を超える規模となってい
るという。最近の資金調達時に行われた試算結果では、企業価値は2兆円をすでに超えたもの
と評価され、彼らの知名度はさらに高まった。
シェアードワークスペースというと、新規にビジネスを興そうとするアントレプレナーやフ
リーランサーなど、どちらかというと小さな企業が利用する空間に思えるが、実際には
Microsoftなど著名な大企業の利用も意外に多いらしい。つまりWeWorkの成功により、シェ
アードワークスペースを賃貸するビジネスは、ニッチ産業ではなく、企業の規模とは関係のな
い新しい知的生産のための空間を提供する、可能性に満ちた新しいビジネスモデルとして、熱
い視線が注がれることになったのだ。
こんなわけだから、彼らの日本における1号店のデビューが2018年になったことは、むしろ世
界のトレンドに、数年乗り遅れてるという事態なのだ。今、日本のワークプレイスに関わる
人々はグローバルな状況との遅れを取り戻すべく、やれWeWorkだ、やれシェアだと、大騒ぎ
をしているわけだ。
■エクスクルーシヴなSNS
さて、ICTと建築のかかわりを追及しているArchiFuture Webで、なにゆえに僕がWeWorkを
取り上げているのかというと、ICTの使い方に2つの新しいトレンドが見て取れるように思っ
ているからだ。
1つ目はSNSだ。彼らが提供するシェアードワークスペースは、もちろん各種ICTで完全武装さ
れているわけであるが、特徴的なのは会員限定でクローズドな形で提供される独自のSNSを持
つことかもしれない。
一般にSNSというと、物理的な制約を超えて人と人とを「結び付け」、そこに創発や集合知と
いったメリットを生み出すツールや環境として位置づけられている。ところがWeWorkのSNS
は、彼らが提供している空間の利用者のみに限定して情報を提供している。「制約を生み出す」
システムとして使われているところが面白い。SNSを通じて、今どこのWeWorkのワークス
ペースで、セレブが働き、語っているかを利用者に限定して流すことで、何の変哲もないシェ
ア空間と、そこを利用する何の変哲もないワーカーに、独特のセレブとの一体感と、知的興奮
と、自分もその知的最先端の環境を共有しているというイメージを与えるらしい。WeWorkを
使うことが、単なるシェア空間の利便性を超え、ブランド化しているのは、このSNSが生み出
す「エクスクルーシヴ」な感覚によるところが大きいのではなかろうか。
20世紀の大量生産時代の名残からか、これまでのICTは、物理的制約を超えて大量の人間を
一つの巨大ネットワークにつなげることを良しとして発展をしてきたし、SNSもその理念のも
とに発展してきた。ところがどうだ、彼らはSNSを利用者限定のエクスクルーシヴなツールと
して使うことで、逆に彼らのシェアードワークスペースに付加価値を生み出しているではない
か。秘密結社や会員制クラブのような差別化も、実はICTやSNSの得意とするところなのだと
いうことに気づく。WeWorkの日本上陸は、「エクスクルーシヴ」なICTやSNSという概念の
到来なのではないかと思い、僕は興味を募らせている。
■ワークプレイスデザインの新しいカタチ
WeWorkの中に見えるもう一つのICT上の新しいトレンドは、設計事務所とのかかわり方にあ
る。
彼らは、BIMを得意とする設計事務所を買い取り、設計やインテリアデザインをすべて自前で
やっているという。
通常のオフィスビルであれば、ビルオーナーや入居者が、外部の建築家や、設計事務所や、イ
ンテリアデザイナー、もしくは家具メーカーのデザインセクションなどにオフィス内部のデザ
インを依頼するのが定番である。ところがWeWorkの場合には、インハウスのデザインチーム
を持ち、全てのデザインを行っている。彼らの歴史を遡ってみると、その飛躍的な成長が始
まった2012年にCaseという設計事務所との出会いがきっかけになっているようだ。Caseは、
BIMやデジタルファブリケーションの世界では著名なSHoPという設計事務所からスピンアウト
した3人が、2008年に設立した設計事務所で、その設立時よりBIMをコアにしたイノベーショ
ン技術で、建築家にサービスを提供することを売り物にしていた。そして、そのCaseが
WeWorkと出会い、WeWorkは急成長を遂げることになる。ひょっとしたら、BIMの利用が直
接ビジネスの結果に結びついた世界最初の事例かもしれない。2015年にはCaseを買収し、以
来WeWorkは、設計はもちろんのこと施工もインハウスのデザインチームが手掛け、快進撃を
続けている。そしてそのカギになっているのが、BIM。伝え聞くところによると、既存のオフィ
スビルを改修し、そこに自然光などの周辺環境を取り込んだ快適なシェアードワークスペース
を生み出すには、BIMの3Dデータが欠かせないと彼らは考え、Caseの買収とインハウス化を
進めたようだが、今ではBIMはその枠組みを超え、WeWorkの快進撃を支える柱となっている
ようだ。BIMによる建築関連ビジネスの飛躍的成長の生きた実例として、ここには、BIMの利
用軸としたワークプレイスデザインに対する事業者、設計者、施工者そして家具メーカーの新
しい関わりを見ることができそうで、これまた興味津々である。
こういったわけで、WeWorkの日本上陸は、建築界でのICTの動向に関心がある人々にとって
も、今最も気になる事件ではなかろうか。