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コラム

建物センシングのデザイン

2017.09.26

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

少し前の話だが、東京大学機械工学専攻デザインイノベーション社会連携講座の中川聡特任教
授の講演を聞く機会があった。センシングを五感の拡張手段として位置づけ、人がセンサーを
通してどのように環境を捉えるかという視点から、人、モノ、環境の関係をセンシングデザイ
ンという概念で整理する内容である。
「状態を可視化・数値化する“SENSING 1.0”」、「人間が知覚できない情報を捉える
“SENSING 2.0”」、「複数のデータを組み合わせて活用する“SENSING 3.0”」の範囲をス
マートセンシング、それを超えた「データを活用するためのアルゴリズムを生み出す
“SENSING 4.0”」、「何にデータを活用するかを考え出す“SENSING 5.0”」の領域をスー
パーセンシングと定義し、その実現に向けたセンシングデザインの研究やプロジェクトによる
検証を行っている等、とても興味深いものだった。

また、今年の3月に出版された書籍「AGE OF SUPER SENSING センシングデザインの未来」
では、今後のセンシングデザインの主なテーマとして、「意味センシング」「インダイレクト
センシング」「センサーレスセンシング」「バイオハック」「拡張感覚」「予測感性のセンシ
ング」といったキーワードが挙げられ、これからの産業に与えるインパクトが論じられている。
センシングの要素である、人、モノ、環境と、それらを結ぶデータ取得とデータ分析のプロセ
スが進化し、今まで知覚できなかった刺激や情報がもたらされることで認知や思考が大きく変
化するであろうことが、写真やイメージによってわかりやすく解説されており、中途半端な自
分の知識と認識を再整理することができた。

講演の中で中川先生は、今後は雰囲気 “Atmosphere” をセンシングしたいとも言われていた。
正しく理解できた自信はまるでないのだが、これからのセンシングは従来の数値データの計測
にとどまらない新たな視座を得るものであり、それを実現するにはセンサーとアルゴリズムを
目的に応じて組み合わせるデザインが重要なのだ、と考えることにした。
同時にこのフレームを建築分野に当てはめた時、建物IoTの進化に建物センシングのデザイン
が大きな影響を与えるであろうことが容易に想像できた。

このところ、建物を取り巻くビジネスに求められるものが多様化していると感じる。要求事項
が増えているというよりは、これまでの潜在ニーズが顕在化してきたと捉えるべきなのかもし
れない。
従来、建物のハードウェアとしての機能を保持する保全や維持管理、価値や運営に着目した資
産管理やスペース管理、省エネをはじめとするオペレーションでのコストコントロール、生命
や財産の安全確保、といったものが建物に対する主要なニーズであった。このような要件に対
し、これまでは建物や設備に様々なセンサーを取り付けて計測をすることで、部位機器の劣化
や故障の監視、室内の温湿度や気流の把握、セキュリティゲートやカメラによる入退館管理と
いった手が打たれてきた。
最近はこれらに加え、多様なワークスタイルへの対応と生産性の向上、ユーザーの健康増進、
我慢を伴わない省エネ、災害時のBCPやリスクヘッジ、ビジネスでの付加価値向上といったも
のが、事業ツールとしての建物に求められるようになってきている。
従来の建物を対象としたセンシングを拡張しても、かなりのことがわかるだろう。しかしこれ
から建物に求められていくであろうことは、建物ユーザーの状況や捉えている環境を評価する
話になる。今後は人間が見て感じたものを捉えるセンシングが更に求められるようになる。

これまでも建物ユーザーの感覚を測定する手法は存在している。そのひとつがアンケートだろ
う。ユーザーの感覚や主観を定量化することで、建物を人間側から評価するセンシングデザイ
ンだといえるかもしれない。勿論この方法は手段として有効ではあるが、課題の抽出や解決に
向けた施策実践までに手順と時間がかかるという問題もある。体温や心拍等のバイタルサイン
を測定するといった方法も既に色々と試されている。しかし、得られたデータを建物に対する
要件として明確化し、環境の制御につなげていくような実用的なアルゴリズムはまだ普及して
いないようだ。

建物ユーザーを(または建物ユーザーを通して建物を)センシングし、その結果を建物に
フィードバックさせる手順は一見合理的なものに感じる。だが、人間の感覚や主観のスケール
を客観化できるのか、多数の人間の個人差をどのように吸収するのか、といった新たな課題に
直面するであろうこともまた容易に想像がつく。測定結果の評価と判断にしても、多数決型の
解決だけでは十分とはいえないだろうし全体最適型の制御によって全員が60%の満足を得る
ような解決方法が必ずしも正しいとも限らない。

これらは今後の技術開発の主要テーマとなり得るだろうが、このようなセンシングを実現する
には、人間が見たもの感じたもの(体験したものとすべきか)をデータとして取得できるセン
サーと、取得データを評価・解釈するためのアルゴリズムの高度化が必須だろう。特にアルゴ
リズムについては、従来の測定だけではなく、センサーのデータから感情や心情や意味を読み
取るといった、これまでとは異なる領域の知恵や技術が必要になることは間違いなさそうであ
る。
現実的な話を加えると、建物に設置するセンサーの種類が多くなればなるほどコストも増加す
る。そのため、建物のセンシングにおいてはセンサーの数と種類を極力少なくし、そこからよ
り多くの情報を得ることができるようにしたい。勿論建物だけでなく、人間をセンシングする
際にも同様に腕時計や眼鏡といったシンプルなデバイスにデータ収集を集約させることが求め
られる。衣類がセンサーになっていてもよいかもしれない。センサーを装着しなくてもカメラ
の画像から発熱や表情や個人特定をするセンシングはすでに実用化されているが、将来はさら
に多くの検知が可能となるだろう。

IoTをシステムとして捉えると、その実現はセンシングの結果を評価して対応を判断し、制御
を行う系を構築することになる。建物のセンシングの姿が変われば、建物を制御する方法も変
化することが想像できる。
改めて書くまでもないが、建物はオーナーやユーザーのアクティビティのためのツールである。
今後は人間のためにどのようにあるべきかを、建物センシングのデザインという視点から改め
て考える必要があると感じている。

 「AGE OF SUPER SENSING センシングデザインの未来」
 監修:中川 聰 / 日経エレクトロニクス 編

 「AGE OF SUPER SENSING センシングデザインの未来」
 監修:中川 聰 / 日経エレクトロニクス 編

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長