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コラム

旅人の未来

2018.05.08

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

何をいまさら、と思う方も多いかもしれないが、スマート・フォンとネットワーク技術のおか
げで大きく変わったものの一つに「旅行」があると思う。現在、大学から充電期間をいただい
て数カ国での海外留学と、数えきれないほどの場所へ訪問させていただきながら長い旅を続け
ている自分自身の体験から、つくづく思うことなのである。
 
個人的には、もともと旅行は大好きである。仕事で見知らぬところに行くのも、家族旅行も、
ドライブも、学生を引率したりする団体旅行も、どれも楽しいし、東京にいても初めて降りる
駅の周りを散策したりして、芭蕉ではないが人生を旅行のように楽しみたいと心から思ってい
る。そうした旅行の中でとりわけ難易度も高いが充実感も大きいのが「海外一人旅」で、若い
頃(30年も前、大学院生の時)にバックパッカー旅行で2ヶ月近くアメリカを建築巡礼の放
浪をした時の強烈な体験を出発点に、苦労もするけど自分自身を磨くにも間違いなく最適だと
感じてきた。海外旅行は言葉の壁もあるから何をするのも普段とは勝手が違い、誰にも頼らず
にそれを一つずつ解決しながら前に進んでいかなければならない。だからこそ様々な文化の違
いを理解したり、見知らぬ人とのコミュニケーションを体験したりできるとも言えるので、そ
れを楽しむゲームだと思える人間にとってはこの上ない。このゲームにおける重要な制約条件
はコストと時間と荷物の量で、お金さえかければスムーズに進める方法は、特に大都市や観光
地では用意されていることが多いが、貧乏旅行で無くともそれに頼りきりでは意味がないし、
時間は旅の体験の本体であると同時に、戦略的に使える貴重な資源である。いろいろな事態に
備えて持ち物を増やし、出会ったものを溜め込むと荷物が大きく重くなって行動が制約されて
行く。多様な選択肢の中で、できるだけ密度を上げたいから様々な決断を続けながら自分自身
にとっての価値を問い直し、先の不安への準備や予定外のことへの対処の連続で、やっぱり人
生の縮図だなあと思う。こうした苦労は世界中共通なわけで、旅をアシストする多様なシステ
ムがスマート・フォンを通じて提供されており、その威力で「海外一人旅」は難易度もさるこ
とながら密度が劇的に変わっていると思うのである。
 
事前に使うホテルや航空券の予約サイトなども当然そういうものの一つだが、むしろ現地で
SIMを買って安価なモバイルデータ通信を確保してからが本領発揮だ。もちろん、それだけで
何でもネットで検索できるのだが、移動しなければ話にならないので、私が早速やるのは公共
交通機関に関連するアプリを探すことで、大都市なら何らかのものがある。スマート・フォン
でチケット購入やダイヤ確認、バスや路面電車だと運行情報も分かるし、交通カードの代わり
になったりすることもある。コストダウンには公共交通の使いこなしは欠かせないが不便な場
所もあるから、いざとなったらUberは頼りになる存在で、乗り合いでよければタクシーよりは
るかに安いし、到着時間の予測、最適ルートの確認などメリットが多い上に、行き先を説明す
る苦労もなければ、現金もいらない。また、ほとんどの都市はシェア自転車があって、これも
スマート・フォンのおかげで、残り時間や返却場所などリアルタイムで教えてくれるようにな
ってきている。自転車や路面電車は街を眺めながら移動できるから、より観光目的に適ってい
る。お腹が空けばyelp!のようなアプリを使えば、自分の近くにある食べ物屋さんの評判情報を
料理の種類や値段でソートして、たちどころに地図上に表示し、写真付きメニューまで見られ
るので店に入ってからまごつかなくても、初めての料理の名前もはっきり発音できる。泊まり
はホテルではなくAirbnbで個人の家の空き部屋を借りる方法が安いだけでなく、大家さんや他
の部屋の滞在者などと会話と情報交換もできて楽しいが、これもテキストメールなどで外出中
でも随時連絡が取れ合うからこそ可能になっている。さらに美術館、コンサート、スポーツ観
戦など移動中でもネット予約ができることはいうまでもない。これらに共通なのは電子決済で
現金を扱わず、言葉の問題を解消し、こちらのGPS位置情報が使われて最適化され、他のメ
ディアと違ってリアルタイムに更新されていることで、移動中である旅行者にとってはどれも
本当にありがたい。
 
そうした旅行者にとっても便利アプリの中で間違いなく王様と言えるのは、Google Mapで、
使いこなし方次第で私のような旅行者の体験は大きく変わる。
もちろんGPSで自分の位置を確認しながら検索だけで地図上の目的地を見つけることが基本で
あるが、運転しているときならルートを正確で親切に指示してくれるし、渋滞情報やオープン
時間、通行料から入場料まで気を利かせて表示してくれる。レストランなどに関しては前述の
専用アプリよりは情報の量と質が落ちるかもしれないが、常に他の情報と総合的に表示されて
いることの魅力もある。しかし何にも増して、歩いている最中の周辺の環境とガイダンス情報
の提供ツールとしての働きが旅行の質をかなり変えていると思うのである。
いうまでもないが私は建築物と都市空間や街並みに強い興味があって、特に街を歩き回るのが、
たぶん異常と思われるくらい好きなのである。だからしばしば1日に3万歩以上歩き回るし
(これもアプリで確認)、初めての場所を探検していて、美しい風景や興味深い建物に出くわ
した時には、アドレナリンがわっと出て気分が高揚してしまう性質なのである。天気の良い
日曜にファミリーや友人グループで賑わう場所では一人きりは少し場違いだが、そんな時だか
らこそ1カ所に留まらずにいろんな場所の賑わいの様子をザッピングでもしてみるように見て
回るという傍観者的楽しみもある。「旅は道連れ」という気持ちも大いにあるのだが、こうい
うペースに付き合ってもらうのは誰でもとはいかず、少し気がひける。そんな街歩き中毒者に
とって、事前調査や予習と、体験しながら得られる情報のバランスはとても重要で、時間があ
るときに有名建築などを調べて前もってGoogle Mapにブックマークしたりもするものの、面
白い建物や街並みに偶然出会ったり、夕陽や、お祭りなどの特別なタイミングと一致したりし
た時の嬉しさはまた格別に味わい深いのである。だからあまり予習しすぎて予定調和的な見学
に終始するのは禁物で、寄り道や道草も旅の一部だと考えて、臨機応変にいろんな邂逅を楽し
めることが本質的であるとも言えるし、そのほうが興味はどんどん拡大していく。ある程度は
街の歴史や文化的背景の知識がないと楽しめないものだが、逆に言えば現地についてからでも
そうした情報が理解できると面白くなってくるものである。もし頼りになる現地旅行ガイドが
一緒に歩いていれば、「あれは何の建物?」とか「昔はどうだったの?」みたいな質問に答え
てくれるわけだが、使い方次第ではスマート・フォンの情報量はそれを超えてくれ、地図上の
現在地をもとに建築家の名前から建設の歴史に至るまで、たちどころに表示してくれる。だか
らガイドブックは全く持ち歩かなくなったが知識欲は以前より満たされている。さらにタイム
ライン機能をオンにしておけば歩いたルートが記録されるので、帰宅後や休憩中などに、あの
建物はあの企業の本社だったのかなんて振り返るのもすごく簡単にできるので、急いでいると
きは地図上にタグだけしておく。そして食事の待ち時間にフェイスブックやこういう原稿のメ
モを書いたりするのである。
 
そしてここからが今回の本題で、ここに我々の未来にあるバーチャルとリアルの融合への可能
性が見えていると思うのである。旅行情報やパノラマ写真はネットにあふれ、もはや敷地調査
に行かなくていいほどだしVRを使えば現地にいるような視覚体験ができる。おそらくそれは
どんどんリアルになり体験可能な場所の密度も上がって行くだろう。その一方で国際旅行をす
る人数(全ての国の合計)は21世紀に入ってから倍に増えた。情報の流通拡大は実体験への
欲望の駆逐でなく促進につながることの典型である。前半に述べた様々なツールを駆使するこ
とで時間とお金と体力を節約した結果として得られるのは、これまでより凝縮された高い体験
の密度であるとも考えられる。今回のアメリカへの留学の機会にフランク・ロイド・ライトの
住宅のような名建築を30年ぶりに訪れた。すでに記憶があやふやとはいえ、前とは違う感銘
を受けたような気がするのは私が大学院生の頃よりも成長したからだとも思いたいが、設計の
過程や工事の苦労さらに完成後の反応などの裏話的なエピソードが大建築家だけにたくさん流
布されていて、空間の視覚的印象と合わさった時に深い物語としての建築を自分の立場や人生
を重ね合わせて考えることができるからだろうと思う。現地で初めて気づいた発見と、知りた
いときに調べられるスピード感がそれを強化してくれる。このように「旅」という人類の典型
的娯楽が持っているインタラクティブで予定調和的でない部分が劇的に濃いものにできる可能
性が現地から手がとどく情報との融合にある。これは人工知能のアシスト前提によって囲碁や
将棋が拡張された別なゲームのような様相を呈してきているのと似ていないこともない。リア
ルタイムにリンクできる情報の量と選択の拡大はむしろ現実的な体験を強化して「面白く」し
ているし、天候やイベント、人間との出会いといった現場の偶然すらも楽しめるようになって
きている。バーチャルとリアルの両立的な一体化は旅人である人間の楽しみを奪うのではなく、
拡張する限りは続いて行くのではないだろうか。


 この原稿を書いた4月22日日曜日の午後のボストン ロングワーフ

 この原稿を書いた4月22日日曜日の午後のボストン ロングワーフ