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コラム

iPadでスケッチを描きつつBIMについて考えた

2018.05.22

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

■BIMは使いづらい
現状のBIMはまだまだ使いづらい。誤解を恐れずに言えば、BIMの入力作業は面倒で忍耐が必
要な肉体作業だ。だから正直、BIM推進派の僕でさえ、自分自身でBIMをつくることはなく、
スタッフに頼ってBIMをつくっている。完成したBIMの便利さと、BIMをつくる面倒さを両方
知っているからだ。そんなわけで、僕らがBIMを使い始めた、2000年代の10年間は、一部の
マニアックな人たちを除いては、BIMに興味を示す人は皆無で、良い意味でも悪い意味でも放
置されていた。おかげで自由にBIMを実践できた(笑)。
 
■伸び悩むBIM
昨今ではBIMに日が当たり始め、「便利そうだ!」という側面が誇張して喧伝されているが、
実際のBIMの推進は今一伸びていないように見える。
そんな状況を見てBIMを直接作た経験がないいわゆる会社の上層部の人々はBIMのメリ
トだけを見聞きして、「なぜBIMを進めないんだ!」と設計者に迫る。
これに対して強制的にBIM作成という肉体労働を強いられた設計者は自分自身に対して直
接のメリットがなかなか感じられず、「なんでBIMを使わなくっちゃいけないんだ!」と、
BIMの使用を拒否して、BIMオペレーターへ制作作業を押し付ける。
オペレーターは、当然それが仕事だから、黙々とBIMをつくり続け、BIMの使いづらい側面は
闇に葬られたままとなる。
もちろん、コンピューターに関しても、BIMに関しても、そして設計に関しても高いリテラ
シーを持った一部の「BIMオタク」設計者は、自らBIMを操り、設計時のBIMのメリットを享
受している。でも残念ながら、BIMは少数精鋭が一部で使うよりも、社会全体が広く使った方
が多くのメリットをもたらすものなので、現状のBIMの推進状況では、彼らオタクにもわずか
なメリットしかもたらすことが出来ない。
今、BIMにまつわる設計の現場で多分こんな状況だから、上からの号令で始まる日本的なBIM
は、いち早く「とん挫」するか、BIMオペレーターによって推進される「設計者不在のBIM」
か、設計者がクリエイティビティを捨て効率だけを目標にしてオペレーター化してBIMを推進
するか、オタクによるマニアックな推進に留まっているのではなかろうか?
 
■自虐的/利他的システムとしてのBIM
便利そうに見えるツールやシステムが上手く働かないときの共通点は、「使っている人のため
に直接役に立たない」ものになってしまったときだと思っている。BIMはまさにその代表選手
だ。メリットはいろいろと喧伝されてはいるものの、最初にBIMをインプットする設計者自身
へと返ってくるメリットがあまりにも少ないのが今のBIMだ。上手く働かないツールやシステ
ムの代表選手のような存在なのだ。この多忙な世の中で、他人に楽をしてもらうために自分が
犠牲になって働かなければならないような「自虐的/利他的システム」など、使わせたがる輩
はいても、使いたがるヤツはマニアに限定されてしまうことは明らかだ。現在のBIMは、正に
自虐的/利他的システムそのものである。
 
■自分にとって便利な道具
少しでもいい。BIMが設計者に直接メリットをもたらす「自分にとって便利な道具」としての
側面を持つようになれば、状況は一変すると思う。
何時もならここで文字を書くという作業を圧倒的に変革した「DTP」や「ワードプロセサ」
を例に引き、BIMがワードプロセッサのように使いやすく、使っている人が直接利便性を享受
できるようにならないものかと、嘆くところだ。
でも今回は、より設計に近い「スケッチ」におけるICTツールの状況を見てみることにした。
 
■iPadでスケッチをしてみる
実は、スケッチをする機会がめっきり減ってきている。
元々絵や漫画を趣味で描くなんていうことはなかったし、仕事では模型によるスタディが主流
だし、最近では3DやBIMを用いる機会が増えているので、元々ある画像や図面を下敷きに、
時にはその辺に転がっている紙の余白に、到底スケッチとは呼べない暗号化された象形文字の
ごときスケッチを殴り描きすることが、日常となっている。
人工知能によるアシストなどといったぜいたくは望まない。少なくとも、設計初期のスケッチ
を殴り書きする行為と、BIMをつくる行為とが、一つのプラットフォームの上で、ストレスな
くシームレスにつながった設計環境ぐらいのものが出来るだけでも、BIMは設計者に大きなメ
リットをもたらす可能性があるのでは?、そんなことをふと思いつき、ここしばらくは電子
ブックリーダーとしてしか使っていなかったiPadに、定評の高い「CLIP STUDIO」(以下、
「クリスタ」)というイラストソフトをインストールして、「Apple Pencil」を握ってみた。
先ずは「鉛筆ツール」で、軽く手馴らし。画面の上にペンを走らせると、鉛筆風の筆跡で線が
描かれる。鉛筆の筆圧を変えると、太さや濃さも変わるし、レスポンスもナチュラル。鉛筆の
太さは数値によって大きく変えられるので、値を変えつつ、試し書きをしているとじきに感覚
がつかめてきた。気持ちがいいのは、消しゴムと色塗り。消しゴムはどんなに強く描いた線も
自在に消したり範消しにしたり出来る。鉛筆の線で概ね囲われた領域をマジックワンドで指定
すれば、完全にふさがった領域でなくても気持ちよく塗りつぶしてくれる。手書きよりはるか
に早く、楽に、そしてイラストなど普段描かない僕にとっては、スケッチブックに鉛筆で描く
よりはるかに少ないストレスで、描くことが出来る。おまけに小気味良いスピード感が描くと
いう作業を楽しみに変えてくれる。これはいい!
 
■線の震えを消す
こうした悪戯書きをしていると、何か具体的なものを描きたくなってくる。
不思議なことだが、僕らの世代の人間は、なんでも落書きして良い状況になると、「バカボン
のパパ」を描いてしまう性を背負っているようだ。気が付くと「鉛筆ツール」でバカボンのパ
パを描いていた。

 鉛筆ツールで描いたバカボンのパパ。
 鉛筆の運びがスムーズに見えるのは、デジタルで補正しているためだ。

 鉛筆ツールで描いたバカボンのパパ。
 鉛筆の運びがスムーズに見えるのは、デジタルで補正しているためだ。


慣れない僕らがイラストを描く時に難しいのは、鉛筆やペンを、勢いをもって考える方向に動
かしつつ、線を描くことだ。勢いのある輪郭線を描くことは素人には至難の業だ。ところが
「クリスタ」は線の震えや屈曲をデジタル技術で押さえ、きれいな線に自動修正してくる。さ
らに、修正の度合いもスライダーを使って調整できる。とっても便利だ。僕らへたくそな日曜
イラストレーターには、デジタルならではのマストツールだ。
 
鉛筆の次は筆。こちらも筆の入り/抜きの線幅の減衰がコントロール出来たり、絵の具のにじ
みがシミュレートできたりなど、多彩な表現が可能だ。正直、本物の筆に馴れていない僕には、
本物の筆よりもはるかに描きやすい。
この筆なら描けるかもと思い、今度は鳥獣戯画を描いてみた。

  鳥獣戯画の模写。筆の運びにはデジタルの補正をかけスムーズにして、線の太さや形状は
  補正ツールを使って、一度描いた後で、補正を加えている。

  鳥獣戯画の模写。筆の運びにはデジタルの補正をかけスムーズにして、線の太さや形状は
  補正ツールを使って、一度描いた後で、補正を加えている。


   鳥獣戯画にはないポーズを、鳥獣戯画のタッチで描いたもの。線の後補正が、非常に便利
   だし、見た目も極めてナチュラル。

   鳥獣戯画にはないポーズを、鳥獣戯画のタッチで描いたもの。線の後補正が、非常に便利
   だし、見た目も極めてナチュラル。


本物の筆だったら、一か所でも筆運びを間違えてしまえば、全て描き直しが必要なのに、これ
ならUndoをカチッとクリックするだけ。手書きでは到底模写できない鳥獣戯画にチャレンジ
しようという気になったのはクリスタの使いやすさの賜物と言えるだろう。プロ用と言われる
ソフトウエアであるが、下手くそな素人にもそれなりに使えるところが良い。
 
■ベクター線に切り替え、後編集する
さらにペンツールにチャレンジをして、いわゆる漫画の「ペン入れ作業」の真似事にチャレン
ジしてみた。
選んだ題材は、これまた僕らの世代であれば一度は描いてみたい「あしたのジョー」。最終回
のラストのあのシーンだ。ジョーに死んでほしくない僕は、ジョーの目を開いた下絵をまず鉛
筆ツールで描いた。次にレイヤを重ねてペン入れをするのだが、さすがデジタルツール。ペン
画もベクトル情報として描くことが出来る。ベクトル情報で描くと、一度描いた後から、線の
太さや、カーブの曲率などが自在に変えられる。ペン入れをしてみて鼻が低かったら後から高
くなおしたり、素人が描いたバラバラな太さの線をそろえたり、1つの線の中に後から強弱を
つけたりできる。一本の線が持つ情報を編集できるのだ。正にBIMだ。
初めて描いてみたジョーであるが、クリスタのベクターライン修正機能のおかげで、何とかボ
クサーには見えそうだ(笑)。

    あしたのジョーのラストシーンを模写。オリジナルでは、ジョーは眼を閉じ、傷だ
    らけの体が荒いペンタッチで加えられていたが、ここではジョーは目を開け、デジ
    タルのスクリーントーンを使って、簡単に陰影付けだけを行った。

    あしたのジョーのラストシーンを模写。オリジナルでは、ジョーは眼を閉じ、傷だ
    らけの体が荒いペンタッチで加えられていたが、ここではジョーは目を開け、デジ
    タルのスクリーントーンを使って、簡単に陰影付けだけを行った。


引き続きもう一つの憧れ大友克洋さんの「童夢」に出てくる壁が超能力で凹む「ズン!」
も描いてみた。壁にズンと押し込まれているのは、バカボンのパパだ。ここでは建築の内装も
描いているので、直線のペン入れが必要になるが、もちろんデジタルの定規も供えられていて、
簡単にペン入れができる。ヒビも、細かな直線でペン入れして、ビヒに見えるように後から太
さを変えればいい。大友さんが描くような、建物が崩れ始める一瞬を凍らせたようなヒビは描
けないが、初めてでも何とかヒビに見えるようなレベルには描ける。これも、クリスタならこ
そ出来たことだ。

 バカボンのオヤジが、童夢の「ズン」を浴びたところ。こうした複雑なトーン貼りも、デジタル
 ならあっという間に終わる。

 バカボンのオヤジが、童夢の「ズン」を浴びたところ。こうした複雑なトーン貼りも、デジタル
 ならあっという間に終わる。


■トーンや色を付ける
色塗りに至ると、僕ら素人にはアナログでは手も足も出ないが、デジタル環境であれば何度で
もトライが出来るので、敷居が下がるのがうれしい。「うる星やつら」のラムちゃんをペン入
れして、ペン画の領域を指定して色を流し込むと、失敗もなく、塗り残しもなく、きれいに色
塗りが完了だ。最後にホワイトを筆につけ、ハイライトをのせて作業完了。すっかりアニメオ
タクになった気分だ。

 オタクになりきって、描いてみた。クリアで濁りのない色塗りは、デジタルならではのモノ。

 オタクになりきって、描いてみた。クリアで濁りのない色塗りは、デジタルならではのモノ。


ここでは簡単なベタ塗りにとどめたが、にじみを伴った透明水彩も表現できるようだ。
使い方も、トライアンドエラーだけでほとんどが学習できるのもありがたい。とはいえ、ここ
にあげた6枚の絵を描いただけでの、感想ではあるが。
 
■こんなBIMソフトがほしい!
描きづらいもの、描けたことが無いものが、このツールにより描けるようになるって凄いこと
だと思う。それに、伴うストレスは大幅に低減し、作業時間は激減する。これはイラストを描
く人にとって確実に「自分にとって便利な道具」であり、みんなに使われるツールになってい
くだろう。
BIMにも、クリスタに負けない使いやすさや、使用者に直接戻るメリットを、BIMが本来目指
すデジタル情報を使うことのメリットや将来性を損なうことなく統合できれば、建築家は我先
に使い始めるはずだ。僕らはそんなBIMがほしいのだ。

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員