Magazine(マガジン)

コラム

【BIMの話】育児休業とモビリティ

2018.05.29

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

一ヶ月間の育児休業を取得しました。本当に様々な発見があり、それだけで書き始めるときり
がありませんが、一言で言えば「この制度がもっと広まって、なるべく多くの人が育児休業を
当然の権利として取れるようになるといい」という感想です。
さて、私はいまこのコラムを、家の近所のカフェのカウンター席で子どもを抱っこひもで抱え
た状態で書いています。この状態から思うことを少し書いてみたいと思います。
 
 
用語の定義からしても、また実態としても、「育児休業」は「育児休暇」ではありません。育
児を生活の最優先事項にする(そのため本業を休業する)という状態が育児休業であり、つま
り暇ではありません。育休の1ヶ月の期間には少しくらい調べ物をしたり人に会いに行ったり
できるだろうと、育児以外に関する期待も膨らませていた私ですが、いま振り返ってみると
「育児に対する解像度が低かったなあ」という感想を抱きます。
 
育児休業を取得する理由は人によって様々でしょうが、私の場合は「今後くる仕事と育児の両
立のための準備期間」だったように思います。
やることはたくさんあり、楽しいだけの時間ではありませんでしたが、自分でできることが増
えた結果、楽しめる状況が飛躍的に増えたように思っています。ちょっとしたことでは慌てな
くなり、自分から試してみたいことが増えました。
育休期間だけが育児の期間ではなく、むしろその長い育児の最初の限られた期間を一緒に過ご
せるだけです。しかしここで「なんだかんだで育児は楽しい」と確信したことは、今後のあら
ゆることに気持ちと生活環境を整え前向きに取り組むために、本当にありがたいことだったと
思っています。
 
育休といえばオムツ替えや沐浴ができるようになること、のようなイメージでいました。もち
ろんそれも間違いではないのですが、実際はそれら単発のタスクの背後にきわめて多くのこと
が待ち構えています。着替えをまとめ、消耗品を買い回り、内祝いを手配し、保育園を見て回
り、来客を出迎え、予防接種を計画し、ベビーカーで動き回れる買い物ルートを探索し、少し
ずつお出かけの範囲を広げ……。それらを戦略的にこなしていくと、一日も一週間もあっとい
う間です。我が家は夫婦ふたりでそれらに取り組むことで、様々な内容を共有し、それぞれ
一人でもある程度の範囲の世話が自信をもってできる状態を作れましたが、一ヶ月まるまるか
かったという実感があります。
 
生後1ヶ月の乳児の時間は大人のそれとまったく違い授乳とオムツ替えとお風呂と睡眠が
2時間置きに押し寄せてきます。この環境で自分の時間を作るには、その合間を狙うか、
ある間パートナーにすべてを任せないといけません。保育園の始まる前のこの時期、妻のまと
まった時間を作るには私のワンオペが必要です。
 
そんなわけで必然的に、こちらも作業ができる時間は30分とか1時間が限度です。育児休業中
は育児がプライオリティ・ワンなので、他のことはできなくて当然であるわけですが、なかな
かそうもいきません。時が来れば復職する身、大なり小なり済ませておきたいことは出ます。
 
こんなとき、ちょっとしたアップデートとか、大きなデータのコピーやロードの時間は致命的
です。30分しかない貴重な時間をそれらに割いてしまったら作業はほぼ空振りです。
これに限らず、育児中は空き時間にサッとできることが本当に重宝します。メールやLINEの通
知、天気などがサッと確認できるApple Watchが育児グッズとして重宝されるのも頷ける話で
す。
BIMはサッと使えるツールかどうか。クラウド上のデータなら、そうと言ってもいいかもしれ
ません。データのロードにかかる時間は全体的に短いし、ブラウザベースで動作する環境なら、
ソフトウエアのアップデートもブラウザが古くならない限りは不要です。Wi-Fi環境さえあれ
「サッと使える」にかなり近い状況だと考えられます。
 
ところが、以前の「BIMの置き場に困る」にも書いたように、仕事のデータをクラウドに置く
ことの制約はまだまだ大きいように思えます。
プロジェクト関係者が地理的に離れている状況、たとえば設計者がイギリスにいて現場はイン
ドネシア、コンサルタントはオーストラリアとシンガポールで施工会社の本体は日本、のよう
な状況では、クラウドの活用がプロジェクト全体のメリットになるため契約上も推奨されたり
しますが、使用するクラウドプラットフォームが建築主の許可制になっているケースもあり、
クラウドが「技術的に」使えることと、「状況的に」使えることの間には依然として隔たりが
あります。
結果的に、「サーバーに置いたデータを各自がアプリケーションで開く」になりやすく、それ
だとモバイル環境ではBIMデータは重すぎます。共有機とリモートデスクトップという組み合
わせは次善の策ですが、個人用にフルカスタマイズした環境をつくれるかどうかが鍵になって
きます。
 
一方で、クラウド側の問題点も無いわけではありません。
やはり最大の問題は操作性でしょうか。BIMはコマンドがかなり多いソフトなのでフル機能を
ブラウザ上で提供するのは難しいでしょう。また、クラウド上のデータとオフラインデータを
連携するデータマネジメントにはある程度の戦略も求められます。
 
それでも育休を通じて、フルタイムのデスクトップユーザの視点を離れて眺めたBIMの世界は
こんな感じでした。
データのモビリティはこんなところにも繋がっています。家族と過ごす時間のためにも、デー
タにもっとモビリティを。
 
ちなみに、男性の育児休業取得率が90%近いスウェーデンで、抱っこ紐で子どもを抱いてカ
ラテを飲むお父さんたちを指してLatte Dadsというそうです。スターバクスではシ
トアメリカーノヘーゼルナッツシロップと決めている私はいつも通りそれを頼んだのですが、
長時間滞在して(コラムが煮詰まるなどして)トイレが近くなると深刻に困ります。なるほど、
そういう理由でブラックじゃなくてラテなのね……と、きっと違うのですがかってに納得して
います。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授