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コラム

ロジスティクスと建築2             離島のデジタル・ファブリケーション

2015.07.07

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

今回のコラムは前回の関連としての個人的な思いである。慶應大学SFCでは地域連携プロジェ
クト活動のひとつとして、先日噴火した口永良部島との間でずいぶん前から関わりがあり、
過疎化する離島の活性化ために何かできないかと考えてきていた。昨年夏にも島に小型の3D
プリンターを持ち込み島に自生する竹との組み合わせで小屋を造る事を試みたが小規模な噴火
の影響で延期しきた経緯がある。報道でご存知の通り住民は全島避難となって、準備していた
計画は中止を余儀なくされたが、これまでお世話になった住民の皆さんに今こそできる支援に
頭を切り替えて、むしろ活動は継続する予定である。屋久島の北西側にある人口130名の島
は火山だけでなく台風の通過も多く連絡船はしばしば運休する。一般的な観点から言えば不便
きわまりない場所である。しかし実際に行ってみるとそこには人間の手が入っていない美しい
自然だけでなく、厳しくも優しい風土と融和しながら助け合い力強く生きるコミュニティの力
の中に便利さよりもずっと大事な人間の心の豊かさが存在している事を誰もが実感する。
 
そこで自分自身の問題としてふと思うのが都会的な便利さ=工業社会的な価値を島へ持ち込む
事の正当性である。交通不便な場所だからコンパクトで効率的な輸送を駆使して何かを実現す
ることが、まずは解決策に思える。しかし何かを造っても価値観が利便性だけであるならば、
ロジスティクスの合理性からは人間のほうが都市に移住した方が良い事になってしまうという
矛盾に突き当たる。その場所への愛着があって初めて成立するものづくりでなくてはならない、
地域の風土との関係を求めることに建築行為としての意義を求めなくてはならないと考えてい
る。
現地で手に入る資材を活用することによって輸送の経済性の問題だけでなく廃棄物を含めた
資源循環への配慮が可能になる。また様々な自然素材の利用方法や自然環境への適応方法には
地域に蓄積された人間の知恵がたくさん存在していて、それを継承しながら新しい創造を行う
事は、工業化されたシステムからは発想できない技術革新の機会にもなりうる。
 
こうした機会にこそデジタル・ファブリケーションやパラメトリックなデザイン手法が適用さ
れて、それぞれの場所に特有な風土的特性とグローバルな知恵の共有が結合した新しい価値を
生み出す事ができるのではないだろうか、というのが私自身の思い入れである。
 
空間的制約を超えて一瞬に地球を駆け巡る事のできるデジタル技術によるマスカスタマイゼー
ションは社会を個人に近づけるパーソナライゼーションの技術だと考えられている。しかし
建築はもともと、人間同士で空間を共有する事に根源的な存在意義を持っていて、その代わり
に固有の場所との関わりを宿命的に持っていると思う。だとすれば固有の場所に建築を適応さ
せるための技術、すなわちローカライゼーションに使われることによって、このロジスティ
クスを含むものづくりのしくみを革新する事ができるのではないだろう か。
 
大げさに言えば人類は集約的な生産と消費の持つロジスティクス的な効率性を追求することに
よって工業化と都市化をすすめ、現代の文明を築いた。だが、その根源的な目的は自然環境
システムの中で安全・快適に生き延びる社会の形成にあったはずだ。情報通信技術が建築を
含む人間社会のものづくりの根底にかかわるとすれば、長い目で見て技術を物質にして輸送す
るこれまでのロジスティクスから、できるだけ自然の循環作用を利用できるように技術を発展
させる別なロジスティクスをもつ社会に転換していくことで今よりも心の豊かさを獲得できる
気がする。
 
一時的に島を追われ新たな困難に直面されている島民のみなさんをなんとか励ましたいという
思いとともに、我々自身の未来の社会に向けた大事な変化を考えさせてくれる意味でも口永良
部島の皆さんを応援せずにはいられない。

 噴火前の口永良部島

 噴火前の口永良部島


 竹とデジタルデザインの融合

 竹とデジタルデザインの融合

池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長