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コラム

BIMによる未来への伝言

2018.06.05

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

改めて書くまでもないことだが、建物は作る時間よりも使う時間の方が圧倒的に長い。鉄筋コ
ンクリート造の法定耐用年数は最長で50年、鉄骨造は38年に設定されているが、実際には更
に長い寿命を期待される。とはいえ建物は年々劣化していくので、法定耐用年数を全うし更に
長期間の安定的な使用を可能とするには、ある程度の時間ごとになんらかの手を加える必要が
ある。一般的に建物本体は25年から30年ごとに大規模な改修や修繕を、設備機器類は設置後
15年程度で更改を行う。経年劣化によるものではなく、用途やニーズの変化に応じて手を加え
ることもある。
既存建物に対する改修・修繕・更改の設計を行う場合最初のステップとして現状把握を行う。
現状把握では現地調査に加え、過去の設計図書等が重要な手掛かりとなる。建物ライフサイク
ルマネジメントでは建物の現況図に加え、過去の新築時や改修時の設計図書を保存し、適切に
参照できるようにしておくことも重要となる。
 
新築時と同様に、改修時にもその方針を決める必要がある。中でも重要なことが工法の選択だ
ろう。元々どのように作られているか、現在どのような状態になっているか、今後どのように
使っていくか、オリジナル性をどこまで残すのか、性能優先かコスト優先か、その工法を採用
することができるかアスベストやPCBといった素材が使用されている場合はどうするか等々
さまざまな要件をクリアして最適な改修工法を選択する必要がある。
更に時間が流れて建物を再度改修する必要が生じると、事態は更にややこしくなる。「前回の
改修」で使用した工法の影響で採用できない工法があったり、採用しても手順が複雑になって
思わぬコストがかかってしまったりする場合があるからだ。
改修工事での設計者の腕の見せ所は、現状から未来までを考慮して如何に適正な工法を選択す
るのかということではないかとさえ思う。
 
現地調査を行い、これまでの建設や改修の設計図書を綿密に分析すれば、大抵の場合、適正な
工法による改修計画を立てることができる。しかし、現地調査や過去の設計図書からはどのよ
うな工法で建設や改修を行ったかという情報を得ることはできても、その工法を選択した経緯
や理由を理解できずに悩むことがある。当時の設計者に直接話を聞くことができればよいのだ
が、30年もの時間が経過すると難しい場合も少なくない。
 
最近、建物ライフサイクルマネジメントにおける建物情報の統合と伝達の手段としても、BIM
の活用が試みられてきている。改修・修繕・更改で適正にBIMモデルの情報を活用するには、
現況BIMモデルの確実な現行化や情報継承を可能とするデータ形式の実現等、様々な課題があ
るが、従来の図面システムと比較してより多くの情報参照が期待できる。とはいえBIMを導入
すると改修・修繕・更改で現地調査が不要となるとはとても自信を持って言いきれない。今
のやり方では過去からの情報継承だけで改修・修繕・更改に必要となるすべての情報は揃わな
い、と言うことだろう。
 
現地調査が不要になることが良いかどうかはともかく、このところ建物ライフサイクルマネジ
メントでBIMを活用する上で、「建物が何でできているか」、「どのように作った(直した)
か」、「何故(どのような経緯で)そのように作った(直した)か」といった情報の伝達が重
要であることを痛感している。中でも設計意図の伝達は改修・修繕・更改時だけでなく、新築
と引き渡しの際における作り手から使い手へのメッセージとしても必要とされるのではないだ
ろうか。
 
竣工時のデザインやコンセプトの評価と、その後時間が経過してからの使い勝手や品質につい
ての評価に著しいギャップがある建物の話を聞くことがある。竣工後の運営のことを考慮せず
に設計してしまっている建物がないとは言えないだろうが、作り手が意図する使い方が、発注
者やユーザーに正しく伝わっていないのではないかと思われるものも見受けられる。どのよう
な建物を作るかについて作る側と使う側で十分に意識が合っていても、どのように使っていく
かについては深く合意できていないのが原因なのかもしれない。ほとんどの建物はマスプロダ
クションの産物ではないため、詳細な取扱説明書が提供されてるわけではない。存在自体が使
われ方を的確に体現し、発注者やユーザーがそれを理解し納得して受け入れることが理想だろ
うが、そのような建物ばかりではないということだろう。
 
それでは建物ライフサイクルマネジメントで建物情報をBIMモデルに集約する際に、新築や改
修での設計意図をどのように伝達すればよいのだろう。これが筆者の最近の関心事の一つと
なっている。
「この建物はこんな使われ方を想定して設計されています。」、「将来改修や修繕が必要なら
こういう感じでやってください。」、「このような将来を想定して設備更改をしました。」、
「今回はこんな理由で改修工法を選択しました。」、「次回の改修ではこのような内容を想定
しています。」といった未来への伝言をBIMという手法に追加していくべきだと考える。
未来へ伝言をするためには、BIMモデルが長期間使用可能なデータでなければならない。設計
意図を伝達するために、どのような情報で記述すべきだろう。建物情報をBIMモデルに統合・
集約すべきなのか、BIMモデルとアノテーションを組み合わせた「ファシリティ・インフォ
メーション・リポジトリ」ともいうべき情報形態を指向すべきなのか。検討すべき課題は山積
している。
 
未来の姿は見えそうで見えない。現在は問題なく使用できる材料や工法が、将来は使用できな
くなる可能性も十分に考えられる。社会や法律が変わったり、これまでの常識をくつがえすよ
うな技術が実現されたりすることもあるだろう。それらを正確に予測することは困難だが、現
在の状況となぜそうしたのかという情報を、できる限り詳細に未来へ伝言することこそが、現
在建物にかかわっている者としての責務なのかもしれない。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長