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コラム

ICCオープン・スペース2018 
イン・トランジション

2018.06.19

パラメトリック・ボイス            木内建築計画事務所 木内俊克

 徳井直生+Qosmo《イマジナリー・ランドスケープ》の展示風景(撮影:筆者)

 徳井直生+Qosmo《イマジナリー・ランドスケープ》の展示風景(撮影:筆者)


初台の東京オペラシティ内にあるNTTインターコミュニケーション・センター(以下、ICC)に
て、今回で13回目になる2018年度「オープン・スペース」展が6月2日よりオープンした。今年
のサブタイトルは「イン・トランジション」。展示概要に「つねに変化していく現在のテクノロ
ジー状況を移行期(in transition)ととらえ,その移り変わりの中に私たちの未来のヴィジョン
を見出す」とあるように、おそらく今まさに移行期にある諸々の技術群がテーマに介在した作品
群が集められている、そう感じられるラインナップだ。
 
全体を見渡して感じたのは、人間が行っている認知情報処理の中でも、なかなか言語で置き換え
がたい身体的に行われているもの―〈触覚〉あるいは〈視覚〉においていえば「注視している」
よりは「見えている」といったような―が、いかに普段私たちが行っている環境認識やコミュニ
ケーションにおいて主要な手がかりになっているかということ。そして情報技術は、そうした人
間と環境の間でやり取りされている情報処理のループへの介入を、刻一刻と可能にしつつあるこ
とを印象づけられた展示だった。
最近興味があって読んでいた2017年発表の認知科学分野の論文でも、「インタラクションの
ベースとなる社会性認知を高次レベルの認知機能としてだけではなく, 低次(感覚・運動に近い)
レベルの認知機能として捉えなおす機運が高まってきている」*1ことが指摘されていたが非言
語情報によるボトムアップな社会性認知の形成過程を記述する為には、確実に本展示でも取り上
げられていたような情報技術による成果が大きいと言えるようだ。
 
具体的にいくつかの作品をとおして見てみよう。

<下記の画像の再生ボタンをクリックするとVimeoの動画が再生されます>
 

大脇理智+YCAM VRインスタレーション《The Other in You》動画

大脇理智+YCAMの《The Other in You》はヘッドマウントディスプレイ/ヘッドフォンを装
着しながら振動を伝える球体に触れた状態で鑑賞を行うパフォーマンスアートの作品だVR空
間内では、リアルタイムでスキャンされデジタル化された私たちの身体が、実空間にいる私たち
の身体と重ね合わせられた位置で表示される為、ARのような作用を持ちデジタル化された身体
にも一定の身体所有感覚が働く。そうして自分の身体と地続きになったVR空間の中で、予めス
キャンされたダンサーのパフォーマンスが展開していく。時に鑑賞者である私たちの身体とダン
サーの身体はVR空間内で交差し固定されていたと思われた視点は不意に上空に離脱するように
滑り出す。なるほど通常のパフォーマンスでは体験できない不思議な感覚が身体に残り、その仔
細についての踏み込んだ議論を試みたい魅力をもった作品だ。しかしそれを差し置いても、とも
すればきわめて視覚的な経験にとどまってしまいがちなVRがわずかな身体所有感覚と球体をと
おした触覚の刺激によりここまで没入感を高めていることは単純な驚きだろう。
 
吉開奈央の、触覚映画《Grand Bouquet / いま いちばん美しいあなたたちへ》も興味深い。こ
ちらは、映像自体は一般的な映画同様、スクリーンを肉眼で見る形をとるが、「触覚映画」とい
う名のとおり、背中・腹部に動画と連動した振動が伝達されるデバイスが装着され、同時に顔に
も瞬発的な風が吹きかけられ、没入感がきわめて強い作品に仕上がっている。
 
リサーチ・コンプレックスNTT R&D @ICC《Haptic TV》はおそらくこうした作品展示の背景
でもあるNTTの取り組みだ。テレビを触覚情報[振動]付きで見る(=ハプティック)というご
く単純な仕組みが技術紹介的に展示されているもの(振動の伝達には、機械が仕込まれたクッ
ションを腹側に抱え込んだかたちで鑑賞する)。放映されていた番組に花火大会の映像があった
が、花火をハプティックで見るという経験には、実際に見ているときしか感じられていなかった
夜空に充満し体に響いてくる音の感覚がありありと呼び覚まされるものがあった。ハプティック
が環境的な現象や要素そのものの取り扱いに向いていそうだということも言えるかもしれない。

 リサーチ・コンプレックスNTT R&D @ICC《Haptic TV》の展示風景(撮影:筆者)

 リサーチ・コンプレックスNTT R&D @ICC《Haptic TV》の展示風景(撮影:筆者)


そして次の二作品は、触覚ではなくとも、視覚の中にもある非言語レベルの認知経路にどうアク
セスしうるかに対して示唆的だ。
 
徳井直生+Qosmo《イマジナリー・ランドスケープ》はGoogle Street Viewを機械学習により
クラスター化し、あるビューが与えられたときにそれと似通ったビューを、ただしランダムに世
界のどこか別の場所から選び出し組み合わせることで、機械学習が学んだ3枚のビューに共通す
る言葉にならない「何がしかの質」を空間体験として感じることができるインスタレーションだ。
展示では「物理的には遠く隔たった風景どうしが、あたかも連続した風景を構成しているかの
ように」つくられた「機械学習アルゴリズムによって生成された架空の風景」だという説明が与
えられている。風景を感じるとき、私たちは何かを見ているようで何も見ていない、けれども目
からはパターンの似た光が入ってきていて、だから何となくその3枚の連続性を誤読してしまう、
そういった状況が浮き彫りになっていることが実に面白い。(また没入性を高める為、同じ要領
で、機械学習により映像と音の類似性から抽出した架空のサウンドスケープが、リアルタイムで
「それらしい」ものとして割り当てられている)
 
永田康祐《ポストプロダクション》の作品も意欲的だ。「写真編集ソフト内のデジタルカメラを
遠隔操作する機能を用いて撮影」された作品で、「写真の中には、作家が自身の背後にあるデジ
タルカメラのシャッターをトラックパッドをクリックすることによって切る瞬間」が写っている
というもの。
さらにここからが面白く、作品化に際しては、「写真内のゴミなどを自動的に取り除く写真編集
ソフトのスポット修復ブラシツール」をほぼ全画面にわたり用いて修正が行われている為、
そこで同ブラシツールのアルゴリズムが、「実際の被写体とモニター内の写真を区別」できず、
結果、被写体がモニターから融け出したようなイメージが生成されてしまう。
 
こうした作品制作の手続きが描き出していることは、イメージとしてカメラにより定着させられ
た光の痕跡は、カメラにとっては当たり前のようにただ等価にヒエラルキーなく定着させられた
痕跡でしかないという事実で、その事実により私たちははじめてイメージを何かの意味やテーマ
をもって「注視する」対象から、ただそこに「見えている」純粋な光の束として認識できるよう
になる、そんな状況が出現していることにうなってしまう。
 
こうした作品群は、私たちの身体を確実に拡張している。私たちは移行期にいる。世界はより多
次元に粒だった環境として私たちの目の前に立ち上がりつつある。そこにやはり現代の都市風景
が広がっていると感じられる。「オープン・スペース2018 イン・トランジション」を訪ね、そ
んなことを思った。
 
 

 永田康祐《ポストプロダクション》の展示風景(撮影:筆者)

 永田康祐《ポストプロダクション》の展示風景(撮影:筆者)


*1  「認知的インタラクションデザイン学の展望:時間的な要素を組み込んだインタラク
   ション・モデルの構築を目指して」植田一博(2017)