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コラム

建築分野で活躍するAIを育てるには?

2018.07.18

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

今やいたる所でAIの導入活用事例を見かけるようになった。チェスや将棋や囲碁のようなゲー
ムについては技術力の向上と誇示が目的とも感じられたが、スマートフォンやスピーカーの音
声認識でAIは一気に現実世界での身近な現象となった。未来の話とばかり思っていた自動車の
自動運転でさえ、実用化はすぐそこまで来ている。金融やビジネスはもとより、ロボットを動
かしたり絵を描いたり小説を書いたり音楽を創ったり大学を受験したり……と、事例の枚挙に
暇がない。建築分野においても、様々な導入活用事例が知られるようになっている。
 
AIを活用するには、AIに何をさせるのかということを最初に決める必要があるそのためには
そもそもAIは何ができるのか、ということを理解しておいたほうが良さそうである正しく理
解できている自信はないのだが、今のところは識別、分類、判定、予測、最適化あたりがAIの
得意分野だと思うことにしている。
 
AIを利用したことがある人は多いと思うが、AIを作った(学習させた、または育てたというべ
きか)ことがある人は、それほど多くないかもしれない。多くの人が共有し利用できるAIがあ
れば、わざわざ自分で作る必要はない。この辺は、従来のアプリケーションと同じ話だろう。
よく知られれているとおり近年のAIは深層学習(ディープラーニング)をはじめとする機械
学習を主要な要素技術としている。学習という名前のとおり、AIを作るにはフレームとなる機
能を用意し、大量のデータを使用して学習をさせる。学習には「教師あり学習」「教師なし学
習」「強化学習」といった方法があり、目的に応じて分類・選択される。一般的に、予測や分
類には教師あり学習、レコメンドやセグメンテーションには教師なし学習、ゲームやリアルタ
イム判断 には強化学習が適用される。
 
建築分野で活躍するAIを育てるには、何をどのように教えればよいのだろう。少し考えるだけ
でいくらでもアイディアが出てくるような気がするとりあえずシンプルに画像を判定するAI
の例を考えてみる(初歩的な話なので、すでによくご存じの方には退屈な話になるかもしれな
いが)。
画像や音声と言った測定データをもとにAIに診断や分類をさせるためには、教師あり学習を行
うこととなる。画像をABCの3種類に分類するAIを作る場合、状況にもよるが、ABCそれぞれ
の特徴を持つ画像を、数千から数万程度収集する。これだけの数を集めるのは決して簡単では
ないのだが、判定精度を高めるには更に解像度やデータサイズといったサンプルデータの品質
が大きくばらつかないように注意をしなければならない。とはいえ、データの中身の類似性が
高すぎても特徴量を適正に抽出できない。一概には言えないようだが、画像であれば解像度や
データサイズがそろっており、画像としての映り込み方や構図といった情報に「適度なばらつ
き」が必要となる。同じような構図の画像ばかりを集めると、構図を学習して判断材料にして
しまうらしい。このあたりのさじ加減がAIの判定精度を左右するようだ。
教師あり学習をする場合、学習させるためのデータに正解を付与していく。例えばある画像の
風景が、新宿、渋谷、秋葉原のどの街を写したものかを判定するAIを作るとする。最初にやら
なくてはならないことは、新宿、渋谷、秋葉原の風景写真をそれぞれ数千から数万ずつ収集す
ることである。次にそれぞれの画像に「これは新宿」「これは渋谷」「これは秋葉原」といっ
たラベルを付けて学習をさせていく。
 
何の画像か、といった比較的単純な問題の場合はこれで済むようだが、画像の中から何かを見
つけ出して判定させようとする場合は、もう一歩踏み込んだ準備が必要となる。
画像の中から柱や壁といった建築の構成部位を見つけ出し、その材質と状態を判定するAIを作
ろうとする場合、学習させるために収集した画像データのどの部分がどのような部位で、どの
ような材質と状態かという、ラベルやアノテーションを付与する必要がある。このような教師
データを作成するには、当然のことながら作り手が建築の部位や材質に関する知識と、状態を
正しく判断できるスキルを持っていなければならない。
これを学習させる総てのデータに対して行う必要があるため、AIに学習をさせるための準備は
かなりの手間がかかることとなる。最近ではこのアノテート工程を自動化するような技術も進
化してきているが、いずれにしてもAIを一から育てるのはそれほど簡単なことではない。
 
計算によって正解を導くことができるものや、部材のように大半が同じものを指し示すもので
あれば、客観的な判断をするAIができあがるだろう。しかし、状態の善し悪しやデザインの優
劣といった主観的なアノテーションを付与する場合は、当然のことだが教師データの作り手の
スキルレベルや価値観が、AIの判定に影響を与えることとなる。良いか悪いかは別として、主
観や感性に近いAIの判断基準は恣意的に作られると思った方がよいだろう。
エンジニアリング的な性能評価や法令の適合確認といった客観的な判定するAIは、建築分野に
おける共通のナレッジを元に拡大普及していくと思われる。しかし、企画立案や提案を支援す
るようなAIを作る場合、判定レベルや方針、価値観といったものをどのように教えるべきか、
十分に検討する必要があるだろう。結局のところ人材を育てていくのと同様に、良いAIを育て
て行くには良い教育者が求められるということなのかもしれない。
 
最新のAI技術は、より多くの情報を元にする教師なし学習からでも分類と判定ができるAIを作
り出している。ここに書いたこともすぐに解決される些末な問題になるのかもしれない。重要
なことは、当面すさまじい速さで変化するであろうAIの学習方法に適応して、教える側も適切
に変化していかなければならないということだろう。

 例えば、何気ない町並みの風景を見て再開発をすべき空き家を探すことができるAIを作ろうとし たら、何を学習させればよいのだろう?

 例えば、何気ない町並みの風景を見て再開発をすべき空き家を探すことができるAIを作ろうとし たら、何を学習させればよいのだろう?


 

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター