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コラム

みていやでない建築 ~デザインポリシーとBIM

2018.08.30

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

ひとをびっくりさせるような建築もおもしろいかもしれない。しかし、そんなものはほんとう
の天才でなければできるわけのものでもないし、またそんなものはそうたくさんある必要も
あるまい。柄でもないのにうっかりそんなまねをして失敗すると、多くの人びとに迷惑をかけ
ずにすむまい。「みていやでない建築」をつくることもたいせつなことだ。それもけっしてや
さしいことはあるまいが、心がけと精進次第では、ある程度まではだれにもできそうな気がす
る。
 
これは逓信省営繕課の偉大な先人、吉田鉄郎の言葉である(「くずかご」建築雑誌、昭和
25年3月)。
逓信省営繕課はその後郵政省と電電公社に別れ、電電公社建築局は日本電信電話建築部を経て
現在のNTTファシリティーズに至っているが、これまで一貫して社会インフラとしての通信を
確保するために建物を設計し、維持管理と保全を行ってきた。
社会において建物を建て保有する理由はいろいろとあるだろうが、通信建築には「通信設備の
ための最適な環境と、いかなる場合においても通信を止めない基盤の提供」が求められる。現
代は電話はもとよりネトワクを始めとする各種情報通信が常時つながるのが当たり前とな
ているが、それは関連するあらゆる領域において、常に情報通信を確保しようとする努力の結
果である。その中で情報通信の確保に建築の立場から寄与するという責任感が、通信建築に関
わる者たちのデザインポリシーの基盤となっている。これは各種ライフラインや交通、物流と
言った社会インフラの建築関係者に共通するものだろう。
 
通信建築のデザインの変遷を辿ると、常に情報通信の変化に応じてきたことがわかる。昭和
30年代から40年代後半にかけて国内の電話網が急速に拡大した時期は、それに応じた通信
建物の大量建設が必要となそのためこの時期は用途や規模に応じて標準設計やプレフ
ブリケーション工法が開発され採用された。この時代の建物の多くは、情報通信の拡大を見越
して横にも上にも増築できるように作られている。その後、データ通信が拡大すると、より多
くの通信機器を収容するスペース確保のために通信建築は高層化し、更に無線通信のための鉄
塔が求める構造技術や風環境技術が必要となった。近年ではネットワーク機器の高密度化と高
発熱化に対応する空調技術とそのための省エネルギー技術が重要となっている。通信建築は情
報通信技術の進歩とニーズの変化に応じて姿を変えてきた。新たな技術をデザインに反映させ
るのではなく、建物に対するニーズに応じる技術を目利きし、存在しなければ自ら開発し実用
化したのである。
 
新築が一段落してストックの時代になっても、情報通信を確保するという通信建築の役割は変
わっていない。ところが情報通信技術が進化するスピードは非常に速く、運営する通信建築に
対するニーズが短期間で変化した。経年劣化による改修や修繕も必要となるが、それ以上に要
件の変化に対応した工事が多いというのが通信建築をとりまく状況となっている。また、通信
設備はすべて線でつながっているため、簡単に移設ができない。情報通信は一瞬たりとも止め
ることができないため、建物を一旦全撤去して建て替えることも難しい。改修や修繕はほとん
どの場合、通信設備が稼働した状態で行われる。
通信建築のもう一つの特性として、大量の建物の品質を揃えなくてはならないということがあ
げられる。情報通信がアナログからデジタルに移行し、更にプロトコルのIP化や伝送手段の
光回線化によって通信網に必要なノード数は減少した。それに伴い通信建物数は減少したが、
現在でも一万近くの通信建物が国内の通信設備を守っている。
これらの建物はどれか一つが突出して高品質であっても通信網として最適ではなく、どれか一
つが機能不全に陥っても情報通信は確保されないすべての建物の品質が問われることとなる
そのためには属人に依存にしないデザインと品質を確保する、組織体制とデザインポリシーが
必要となる。社会基盤に関わる者たちのあるべき姿を、吉田鉄郎は簡潔かつ端的に記している
と思う。とはいえ、決してひとをびっくりさせる建築を否定しているわけではないところが、
懐の深さというところだろうか。
 
通信建築のデザインポリシーに関する文章や言葉は他にもいくつも残されている。その中で現
在でも通用し最も簡潔なメッセージだと筆者が思うのが、「局舎設計6戒」(昭和38年11
月:電電公社 設計担務者会議)と呼ばれるものである。
 
1)公共企業体の建築技術者としての自覚に徹せよ
2)独善を排し社会の信頼にこたえよ
3)立地条件を掘り下げよ
4)安く簡素に美しくの伝統を忘れるな
5)大正昭和にわたる標準化の歴史をみよ
6)アフターケアを忘れるな
 
建築業務に情報通信技術を持ち込む背景と動機はさまざまだろうが、広域で均質なサービスを
提供するために多施設を保有または使用する業態では、すべての建物の機能、役割、品質を確
保することが建築の情報化の主要目的となっている。新築時では品質やコストの均質化と工期
短縮を目的とした標準設計手法やプレファブリケーション、維持管理においては建物基本情報
のデータベース化による現状把握と点検結果による整備計画策定が、これまで建築分野におけ
る主な情報技術活用の対象となってきた。
昨今の建物オーナーやファシリティマネジメントにおけるBIM導入についても、これらの延長
線上に位置づけられる傾向が見られる。しかしそれだけにとどまらず、今後は修繕や改修にお
ける活用が必要になると考える。
 
既存の建物に手を加える理由は、経年劣化への対応だけでなく、用途変更や機能向上、法令や
基準の変化への適用等、さまざまである。既存建物の状態を把握しながら、現在の課題を解決
に導くには、新築とは異なる視点が必要となる。もちろんそこには、原設計の考え方をうまく
引き継ぐ必要がある場合もあれば、デザインの考え方を適切に変更していく必要がある場合も
あるだろう。原設計者の考えを引き継ぎ、現時点での最適化や将来に向けた拡張性を次回の改
修担当者に伝達していくことにBIMを活用できないだろうか。標準化やデザインポリシーと
BIMは相性が良い思う。
過去にどのような修繕や改修を行ってきたが、その際にどのような変更を加えたのか、どのよ
うな改修工法が向いているのか、事業を継続させ安全を確保するためにやらなくてはならない
ことは何か、元々最初にどのような指向で設計された建物で、今後どのような手の加えられ方
をすべきか……、といったデザインポリシーに関する情報をBIMモデルというメディアに格納
することの有効性について、検討していく必要があると感じている。
 

     千住郵便局電話事務室(現:NTT東日本千住ビル)設計:山田守(撮影:山田
     新治郎)

     千住郵便局電話事務室(現:NTT東日本千住ビル)設計:山田守(撮影:山田
     新治郎)


千住郵便局電話事務室は通信機械のための建築ではなく、通信事業に従事する人間のための建
築である。1929年(昭和四年)に建設されたこの建物は、2018年7月にDOCOMOMO Japan
によって「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された。ヨーロッパにでかけた
際、ル・コルビュジエに写真を見せたところほめていた、と後に山田守自身が語っている。こ
のような姿を今後も維持していくためにも、デザインポリシーは重要となるだろう。

     通信建築のデザインポリシーの内容と成立過程については、向井覚著「電電公
     社のデザイン・ポリシー 企業イメージ形成への試論」、みなと出版刊(昭和
     43年11月)にまとめられている。

     通信建築のデザインポリシーの内容と成立過程については、向井覚著「電電公
     社のデザイン・ポリシー 企業イメージ形成への試論」、みなと出版刊(昭和
     43年11月)にまとめられている。