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コラム

ピクサー・アーキテクト

2015.07.21

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

最近のCG技術の進歩は凄い。
個人的な好みは別としても、映画なら「アナ雪」の感情移入できるゆたかな表情や、「ベイ
マックス」の空気膜弾性体やSwarmの表現など、最近のCG映画は子ども向けのツボとは別の
ところで技術オタクの大人たちも十分に引き込むだけの見せ所をたくさん備えている。実際、
SIGGRAPHのような例を挙げるまでもなく、ピクサーなどが製作するCG技術、特に物理シミュ
レーションは建築分野のそれとは別の、独自の分野としてとても興味深い進化をしている。

ルーカス・フィルムに始まり、ピクサーの設立で一気に盛り上がった映画CGの世界、今では
ピクサーもディズニーに買収されてしまうなど勢力地図は刻々と変わっているが、当然ながら
ソフトウエア環境は建築とは異なる。本来アニメーション製作向けに開発されたものの建築で
も使われているMayaのような例もあるが、RenderManのような最新の映画製作向けソフトと
なると、建築の現場で使っているという話はすくなくとも日本では聞かない。

ゲームの世界も面白い。Unreal EngineやUnityといった圧倒的にパワフルなゲームエンジンが
開発され、リアルタイムのレンダリング表現と物理シミュレーションはどんどんハイレベルに
なっている。建築の構造解析で用いる性格だけれど「固い」シミュレーションとは異なる、崩れ
落ちる土砂や嵐の海、パニックになり崩れ重なる群衆やとてつもない数のミニロボットのSwarm
など、「十分に」現実的な物理シミュレーションとして扱うこうした分野の新しい可能性は、
今後建築のような分野でこそ大きく広がると期待されている。化学界で十年以上も特定できな
かったプロアテーゼの分子構造をゲーマー達がほんの十日で特定してしまったという例にも見え
るように、専門性の中に閉じているうちに、気がついたら全く違う分野で圧倒的に進んだ技術と
環境が生まれていたという例は、今のデジタル技術のエコシステムならかなり頻繁に起きている
に違いない。

建築の世界では、国や地域で異なる法規、絶対に絶対を重ねなければいけない安全性、ただ
ビジュアライズするだけでなく、実際に機能してコストに合う形で実装されなれなければなら
ない現実性など、多くの点で映画やゲームの世界とは異なる制約が存在するし、単純な比較は
難しいのは当然だ。ただ、かといって建築の技術開発環境が閉じていてもいい、外の劇的な
変化に無関心でいいという話でも決してない。

多くの制限がある中で、全員が下からの積み上げを共有している世界には強さもあるが、自然と
視野は狭くなる。すなわち、「正解」が共有されてしまう。でも、時代がこんなにも早く動いて
いるのに正解は固定されているなんて、何かがおかしくないか。

それこそ建築界が、どんどんゲームや映画界から人材を引っこ抜いてくる必要があるのだと思う。
もしくは、建築学科出身の人材が、どんどん映画やゲーム開発の世界に飛び込んで、そういう環
境を体で覚えてきて、どんどん違和感を作りだして、正解を崩していくべきなんじゃないか。
僕のいた2000年前後のコロンビア大学GSAPPでは、結構な割合で「優秀な」学生がハリウッドや
CMの映像制作の世界に当然のように行っていた。Rhizomatiksを立ち上げた(そしてArchiFuture
でも2013年に講演してくれた)齋藤精一さんもそうだし、トロン・レガシーを監督したジョセフ・
コシンスキーは、当時GSAPPで3DS Maxを教えていた。そういう多様性というか、既成概念にとら
われずに分野を横断する感覚、それを評価して突っ込む(投資する)感覚が、今の日本の建築界に
は、企業にも大学にもそしてメディアにも、もう圧倒的に欠けている。これまでの「正解」に照ら
し合わせると、何か「無駄」にでも見えるんだろうか。

ゼネコンや大学の建築系研究室や設計事務所に、例えばピクサー出身の人が普通にたくさんいる
ような状況ができるなら、建築もすごく面白くなると思う。ただ、今の日本の建築界の待遇では、
ゲームや映画の世界に一度行ったら、まあ戻ってこれないな…。