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コラム

2045年をデザインする

2018.12.04

パラメトリック・ボイス               広島工業大学 杉田 宗

二つのコラムを経て10月のArchi Futureに登壇させて頂き各方面から広工大での活動につ
いての問い合わせが増えました。SNSによる情報の広がりを意識して、2016年以降、様々な
情報の発信をしてきましたが、地理的な影響もあり、こういった機会が、我々の試みを広く
知ってもらうきっかけになることを改めて実感いたしました。関係者の方々、またコラムや講
演を見て、ご連絡を頂いた方々には本当に感謝致します。
 
さて、第1回目のコラムでは広工大でのデジタルデザイン教育、第2回目では『ヒロシマBIMゼ
ミ』を例に広島で展開している教育と社会を繋げる活動について紹介させて頂きました。今回
はまさに現在進行形の新たな試みについてお話させて頂こうと思います。
 
これまでにも説明させていただいた通り、私の在籍する建築デザイン学科は2016年に環境デ
ザイン学科から改編し生まれた学科でその1期生は現在3年生になりましたゼミ配属は3年
前期で、配属された後はゼミを通してそれぞれの専門分野について学び、4年の卒業研究や卒
業設計に繋げていくことが3年ゼミの役割になっています。私の研究室にも10名の3年生が所
属しており、3年前期からパビリオンを設計・建設する課題に取り組んできました。
 
広工大の建築デザイン学科の新たな試みとして、今年度から3年後期に各ゼミによる『デザイ
ンスタジオ』という共通の授業をスタートさせましたこれは共通テーマに沿ってゼミ単位で
各教員の専門領域に軸足を置いた課題に取り組む授業で、3年までの設計課題と卒業研究の架
け橋となるような位置付けになっていますここでは各ゼミにおけるそれぞれの専門領域を活
動対象としつつ専門性を活かした協働のあり方を理解することも、この授業の目的になって
います。
 
共通テーマは3年間継続して使用し、3年目の最後には展示やシンポジウムを計画しています。
2018年から2021年までの共通テーマは「TRANSITION(移行、変遷、変わり目)」としま
した来年2019年には30年続いた「平成」から新たな年号に変わり2020年には東京オリン
ピックが開催され「ポストオリンピック」の時代に突入しますまたAIや自動運転など、新
たな情報技術が社会に浸透し我々の生活自体が大きく変化する変遷期の入口に立っているこ
とを意識しそこで個々が何を考えるのかを問うテーマになっています。構造や環境、または
維持管理など、専門の異なるゼミが「TRANSITION」というテーマを専門領域で思考するこ
とはなかなか前例の無いことではありますが、最終的に出てくるアウトプットから建築デザ
イン学科の幅の広さを象徴する授業となることを目指しています。
 
杉田宗ゼミでは、「TRANSITION」という共通テーマを、情報技術の進歩によって生まれる生
活の変化と捉え、今後と変化の先に必要になる新たなデザインについて考察し、「未来の建築」
や「未来の都市」がどの様なものになるのかを具体的に提案する課題を進めています。
 
ここではまず初めに「未来の建築」に影響すると想定される「ドローン」や「3Dプリンター」
など12個の先端技術から各自1つピックアップし、その技術が2020年から2045年までの間に
どの様に変化していくかをリサーチします調べていけば2025年くらいまでのロードマップが
書けるものが多いですが、その先になるとなかなか状況は見えてきません。学生達はリサーチ
でわかったことをもとに2045年の変化について仮説を立て、どの様な世界になっているのかを
考えます。
 
次のフェーズでは、2人1組になり、2つの技術を合わせることによって生まれる新たなシステ
ムやサービスを考えます。そして、そういったものを実現させるために、建築や都市の中で必
要になってくるであろうデザインについて考察し、各自の提案にあった媒体でアウトプットす
るという内容です。今年は8名が履修しており、以下の4つのチームで最終発表に向けて進めて
いる最中です。
 
ネット通販 × スマートフォン
スマートスピーカー(AI) × 3Dプリンター
ドローン × 自動運転
コンビニ × MR
 
建築系の学科において、こういった課題に取り組むところは少ないかもしれません。また、最
終的なアウトプットを見て、小学生が描く夢の未来だと思われるかもしれません。しかし、こ
れをわざわざ大学でやる必要があるのが、今の日本の状況だとも思っています。デジタルネイ
ティブと呼ばれる世代であっても、それはデジタルディバイスを使いこなしているだけで、み
んながプログラミングを理解するわけではなく、またコンピュテーショナルな思考を持ってい
る訳でもありません。以前よりも、受動的な部分が強くなっている傾向も感じられます。しか
し現実問題として、彼らが向き合うべき未来は、私たちが20代だった頃とは大きく違う可能性
が高く、そのような世界でものづくりに関わっていかないといけないのです。
 
ある学生が「2045年を想像することはなかなか難しい」と言ってきました今から27年先のこ
とですから、当然のことだと思います。しかし、20代になったばかりの彼らは、2045年には
40代の終わりになっている頃です。社会に出て、いろいろな経験を通して自信と責任が大きく
なる時期にあたります。その時に彼らが眺めている世界を「今」デザインすることは非常に価
値のあることではないかと思っています。

 課題を進める上で学生達が参考にした、スパイク・リー監督の映画「her」。近未来の生活が
 どの様に変化し、そこに生まれる人間とAIの関係を美しい映像で表現したSF恋愛映画

 課題を進める上で学生達が参考にした、スパイク・リー監督の映画「her」。近未来の生活が
 どの様に変化し、そこに生まれる人間とAIの関係を美しい映像で表現したSF恋愛映画


 「her」の世界に近いものが現実化しつつある。「CASPAR」は家のなかの様々なものをつない
 だスマートホームが実装されている

 「her」の世界に近いものが現実化しつつある。「CASPAR」は家のなかの様々なものをつない
 だスマートホームが実装されている

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授