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コラム

デザインと情報技術

2019.01.24

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

 2018年10月 久しぶりに戻ったSFCで撮影

 2018年10月 久しぶりに戻ったSFCで撮影


昨秋に留学から帰国して再開した慶應義塾大学SFCでの授業も、もう学期を終えようとしてい
る。私は大学院生の研究指導や設計演習科目がメインなのだが、一つだけ座学の授業を担当し
ており、その科目名が「デザインと情報技術」という。SFCは建築学科ではないから、政治か
らバイオまで様々な関心を持つ学生が1学年に1000人もいて、様々な科目の中から建築の
科目を集中的に履修する学生はおおよそ1学年に30人〜40人だと思われる。ただ科目履修
の方針は自由なので、中間的な学生も結構いて、その数が明確なわけではない。逆に私のよう
な建築系教員の授業であってもほかの分野を学ぶ学生が興味を持って受けに来ることもある。
科目名を変えながら15年以上続けている「デザインと情報技術」はその典型で、一昨年は
400人以上の大教室授業になっていたが、今年度は利用可能な教室サイズから受け入れ数を
200人に絞らせていただいた。建築や都市デザインを学ぶ人間が理解すべき情報技術を紹介
しその意味を理解してもらう目的で始めた授業であったが、一見バラバラに見える様々な分野
の学生に共通で興味を持ってもらえたことは素直に嬉しく、ある時期からこちらもそれを意識
して、幅広い分野に関係する共通的教養科目になるよう考えて話している。科目案内に書いて
ある概要は次のようなものである。
 
「人間が工業製品、建築、都市環境などの人工物をデザインし構築するという行為には共通の
難しさとして芸術的創造性と科学的合理性の相克が存在する。直感的なアイデアやセンスと、
求められた条件に合致させる合理的な思考方法の両方が問われるからだ。現代の情報技術の発
達が建築や都市空間のデザインに与えている影響を考えてみると、この課題はより複雑かつ重
要になって来ている。デザインの仮想的モデルと現実体験を繋ぐメディアがデジタルデータと
なって計算的処理による広範囲な活用と共有が可能となるにつれ、その思考方法や製作方法、
利用方法に至るまでのプロセスに影響が起きつつあるからだ。様々な要因がシミュレーション
で予測可能になり、通常の人間では操作不可能な複雑性を持つ構成の検討が可能になり、設定
された問題の解決をアルゴリズム化してコンピュータで高速に計算させる人工知能的な方法が
デザインの最適化や自動生成も可能にしている。さらにものづくりのデジタル制御や、IoTの
ような人工物自体の適応的制御、VRやARのような仮想と現実の融合などにも繋がる広範な技
術分野がここに関係している。本科目ではデザインにおける人間の創造活動を認知科学的側面
哲学的側面、構法技術的側面、文化文脈的側面などから捉え、情報技術が与える影響について
の総合的理解を形成する」。
 
授業の形式としては各回のトピックごとに私が集めてきた様々なコンテンツを画像や動画で紹
介していくことで、そのトピックについて、できるだけ深く考えてもらうのだが、情報技術が
発達した現代で一方通行的な情報伝達のために決まった時間に教室に集まることが効果的な教
育方法なのかどうか、という疑問は授業の中でも扱う話題でもあるので出席も取らない。その
場でのインタラクションによる刺激が生まれるように、こちらから質問して手をあげさせたり
答えさせたりもするが人数が多いとそれも少し薄まてしまう。そこで数年前に考案したの
授業の途中で「質問」を出してその答えを授業時間中にオンラインで投稿してもらうSNS
的手法である。私自身は授業が終わるまで答えを読まないが、学生たちは匿名表示の他の学生
の答えを自由に閲覧することができる。Twitterになぞらえて140字制限時間内に変更する
こともできる。成績の評価対象になる課題について授業に並行して学生たちの間で意見交換し
ているような状況になる。家にいて友達からのメッセージで情報を得て投稿するするツワモノ
もいるが、私の話や紹介する事例は彼らの思考を刺激するための触媒であって、そこに居合わ
せたことがどれだけ思考の活性化や深化になったかが問題だとすれば、それで気の利いた答え
が出せるのであればたいしたもので、学習達成度で言えば、確かに教室にこなくても十分だろ
う。その一方で、このように学生の受け止め方が素早くわかることは、こちらのモチベーショ
ンにも繋がるので授業が楽しくなてくる。質問はちょうど次回につなげるような内容にな
ていて各回のはじめには前回の回答に関する話をすることで、授業の連続性を保つウォーミ
ングアップにもしている。

正解のあるような質問は出さないようにしている。それでは考えが深まることにはならないか
らだ。例えば第9回「人間とコンピュータの共同によるデザイン」で出した質問は「人工知能
は人類の脅威になると思うか?」というもので、肯定派と否定派のそれぞれがいるが、どちら
にしても理由の記述内容が他の学生とは違うユニークなものを高評価にすると宣言しているの
で、投稿済みの意見を見ながら考えているだろう。ちなみに2016年にも同じ質問をしてい
たので比較のために統計してみると、脅威と考える学生はむしろ減っているようではある。


ちょっと自画自賛のようになってしまって恐縮だが、それを承知でこのコラムで紹介させてい
ただいた理由は、この授業を通じて新しい世代がデザインと情報技術の関係をどう受け止める
か、私のような旧世代が何を伝えるべきなのか、ということ自体を試行錯誤していることを書
きたかったからである。この授業のコンテンツを書籍化したら?というお話は10年以上前か
らあって、私自身もそれが常道であり、そうするべきとも思っていたのだが、一向に実現して
いないのは、筆不精もさることながら、発展の早い情報技術に合わせてコンテンツが移り変
わってきたことに大きな理由がある。毎年、全体の構成も各回で使う事例もなるべく最新な状
況にしようとすると15%くらいの更新がある。5年するとごそり消えている部分もあれば
全く新たに扱うようになた部分もある。例えば過去にはよく出てきた3DCADというキーワー
ドはBIMのおかげですっかり縮退したし、デジタルファブリケーション関連のような話題の分
量はずっと大きくなった。情報と環境の根源的な関係を考えるための都市や空間の認知に関す
る理論のような基礎的な部分は、比較的変わらない部分ではあるが、それでも新たな知見も生
まれているし、理解を助けるためのわかりやすい事例も現れる。そのうち固まるかなと思って
いたが、この授業のテーマと目的からくる宿命で、そうでもないらしいと思い始めたところで
もある。「建築情報学」も「デジタル・コンストラクション」も毎年この授業をやりながら消
化してきたコンセプトでもあり、私自身にとっても思考実験の道場として非常に重要な意味を
持ってきたのである。

さて今年の内容更新で新たにした質問が終盤の第13回にした「デジタル・コンストラクシ
ン技術は社会を幸福にすると思うか?」だった。デザインも、もの作りも、その利用方法もコ
ンピュータによる支援が拡大深化すること自体の是非を考えてもらうための質問であるが、本
当いうと私自身とて明確に答えられる自信がない。しかし、これがこれから最も大切になって
くる視点であることだけは自信を持っていて、この質問を心に留めておいて欲しいと思うと同
時に、20歳前後の若者の意識を知りたかったのである。そもそも「幸福」という形而上的概
念を持ち出している上に、質問では個人の幸福ではなく社会の幸福と呼んでいるので、それが
何であるのか自体が難しい問題である。利便性や経済性は決して間違いであるとは言えないも
のの、何か物足りなさを感じる。創造性に着目することもできるが、それは個人的なものでは
なく社会的な集団の幸福に直結するのだろうか。肉体的精神的苦痛を伴う作業をロボットや人
工知能に置き換えることは当然のようにも思えるが、それでは肉体的精神的苦痛を経ないで上
達したスポーツ選手に我々は感動できるか?統計的な処理による確率的合理性に基づく判断に
従い続けることを社会的な正義としていいのか?
学期が終わったので、授業で集めたいろいろな意見を眺めながら、私自身ももう一度考え直し
て見たいと思っている。

 2018年度「デザインと情報技術」シラバス

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