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コラム

【BIMの話】落語なら「あたま山」

2019.02.28

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

“Happy Birthday to You”は、ギネスブックに登録されている世界で最も歌われている歌、と
いうことになっています。いったいどうやってカウントしたのかが謎ですが、逆にこれ以上歌
われている歌が何かあるかと言われるとちょっと思いつきません。ちなみにこの曲、米国では
色々と経緯があってパブリックドメインになっていますが、日本語詞の著作権は2079年まで
存続するのだそうです。

この曲は三拍子で弱起の(強拍から始まらない)曲ですが、日本で歌われているのを聞くとど
うも四拍子+二拍子になっているような気がしてなりません。もともと日本語は四拍子との相
性がきわめて良いし、日本の音楽は二拍との馴染みが良いので不思議ではないのですが、こう
思っているのが自分だけなのかどうかが気になります。
そこで試しに「ハッピーバースデイトゥーユー 四拍子」などでGoogle検索してみます。しか
しそんな無駄話をしている人はあまりおらず、逆に「タイでは四拍子で歌うのが一般的」など
という無駄知識がひとつ手に入る。こうしておしゃべりは余計おしゃべりになっていくのです。

「名前のついていないものを探す難しさ」について、最近あちこちで痛いほど感じるものがあ
ります。
カーシェアやフライトなど、様々な移動手段を所有せずにオンラインで網羅的に手配できるの
がMaaS。有料ユーザからの課金によって多くのユーザに基本機能を無料で提供するシステム
がフリーミアムモデル。人材の能力を型に嵌めて高度に専門家することで他分野との交流が隔
絶されてしまう現象がサイロ・エフェクト(またの名をタコツボ化)。名前がつくことで認識
共有や理解の構造化が進むからそうするわけですが、それにしても多い。そして業界が違うと
本当に知らない。“サブスクリプシン”まるで分かんねぇ “ナガオカ針”しか記憶にねぇよ、は
桑田佳祐の「ヨシ子さん」ですが、無理もありません桑田さん。

「現代用語の基礎知識」を愛読されているという方の話を最近聞いて、そういえば子供の頃に
読んだなあと思いだしたのですが今も脈々と発行されており、あるいはひょっとすると今こそ
読まなければならないのかもしれないと思っているところです。
なぜならば、原理は把握しているのに名前がない、あるいはその名前が流通していないとなる
と、その現象がオンラインで探せないからです。

過去にここで触れたチームビルディングに関し、「マネジメントが雑用を引き受ける」的な表
現をしていました。実はこれには名前があるのですが、「逆ピラミッド型マネジメント」
「サッカー型マネジメント」「母性のマネジメント」などと表記がブレにブレまくっています。
英語ではInverted Pyramidという言葉がどうやら近いのですがFlipped pyramidという表現
もあってやはり整いません。サッカーの例えも出てきます。
これらの表現はそれぞれ、異なる人がこの件について触れているのをたまたま見聞きして、似
たようなことを皆考えているな、と思いつつ気がついたら収集できていたものです。しかし、
こういうことを考える人は私が世界で初めてなはずはないと能動的に探そうとすると難しい。
Yahoo!知恵袋とか教えて!gooとかも試してみましたが良い回答が得られるとは限らず
然としてこの「インターネットで逆引き」には答えが出ていません。

物の名前ですら安定しないことはあります。無人航空機のことをUAV(Unmanned Aerial
Vehicle)ラジコンのマルチローターをマルチコプターとか、クワドコプター等とそれぞれ
称していた時代がありました。そんなに昔の話でもなく、Perfumeが紅白歌合戦の演出に使っ
た時くらいのことなので2014年前後です。UFO(Unidentified Flying Object)が定着したの
だからUAVのほうがしっくりくるかな、くらいに思っていたら「ドローン」という誰にとって
も言いやすく覚えやすい名前が出てきていっきに浸透しました。

誰しもモノには良い名前を付けたいと思うものでしょうが、皆にとってしっくりくる名前が必
ずしもつくとは限らず、あとでより良い名前が出てくればそちらが普及します。先行して知っ
ていた人はアップデートを余儀なくされるわけですが完璧にはいかず、なんとなくレガシーと
共存しながら生きていくしかありません。
そもそも国名のような、全人類が最新知識を持つべきものですら更新は覚束ない。さすがに
ロシアをソ連という人は減りましたが、クロアチアのことを「ああ、ユーゴスラビアね」とい
う人は未だに多いものです。

おぼろげな記憶ですが、子供の頃に私が持っていた百科事典のまえがきに、「君はそんなこと
も知らないのか」と言われて恥ずかしい思いをしたことはありませんか、この本はそんなあな
たのための本です、ということが書いてあってちょっとびっくりしたことを思い出します。歳
をとったせいもあるかもしれませんが、最近そんな言葉はちょっと口に出せません。前例、常
識、教養、規格、そういったものを疑ってかかるのは仕事のうちで、こちらも例外的な話をし
ている自覚はありながら喋っているので、知らないなら知らないなりに、なんらか伝えること
なしには仕事が進みません。一通り説明したあとで、「でもってこれにはこういう名前がつい
ていまして」といって次に行く。せめてそうやって付き合うしかなく、「こんなことを考える
のは私が世界で初めてなはずはない」と思い直してなんとか攻めていくしかないのです。

ところが、これとまったく逆のことを求められる世界があります。研究です。研究は基本的に
「こんなことを考えるのは私が世界で初めてにちがいない」というところに持っていかなけれ
ばならず、比較的研究者が少ない領域ではその既往研究チェックに気を使います。
それなのに、ああしてこうしてこんなふうにすれば……とさんざん考えた挙げ句、ある日とつ
ぜん「ああ、セマンティックコンピューティングね」と言われて受ける衝撃。その名前を知る
前と知った後で私が見る世界のなんと違うことか。新しいと思っていた世界が何十年も研究し
つくされていて、それを装備して論文を書き直すという作業。たいへんです。

T型人材とかT型のスキル強化とは、1991年の”The hunt is on for the Renaissance Man of
computing”で知名度を増した言葉で、日本では2003年の文部科学省「世界トップレベルの研
究者の養成を目指して」で取り上げられて有名になったようです。幅広い知識を基盤とした高
い専門性。言うのは簡単です(そしてそう言うならもっと予算をつけるべきです!)。しかし
どうすればそんなことができるのか。

私の答えはシンプルです。「パーソナリティを前面に押し出そう」です。
仕事だけを取っ掛かりにするから、「A社の建築設計担当」という記号に囚われるから、サイ
ロ・エフェクト、もとい、タコツボ化が進行するのです。フックがたくさんあれば情報のレセ
プターの感度も上がります。仕事に趣味や副業や興味範囲や、なんでも持ち込むことは正しい
と私は確信しています。
「キャラが散らかっている」というのは私にとってあるべき姿であり、ここでのコラムニスト
であること、社会人学生であること、でんぱ組.incのファンであること、料理好きであること、
キーボーディストであること、それらがアイコンでありアンテナである状態、私が職能や職種
でなく「ああいう人」と認識される状態が望ましいし、息がしやすいし、入ってくる情報が思
わぬ掛け算を呼んで愉快に感じたりもします。

と、こういうキャラクターが散らかっている人・ことをIPD(Intra-personal diversity、一人
内多様性)と言うのだそうですよ。無限に続く用語のアップデート。BIM的にはIPDは
Integrated Project Deliveryの略語なのですが相手が人格の話では勝てそうにありません。
しかし私はIPDが好き、などというとなんだかクラフトビールの話みたいでまだ馴染みが良く
ない、でもこの辺の名前の代案がまた探せない、というこの堂々巡り。ちなみに堂々巡りを英
語でdead loopと言う表現に最近出会いまして……。以下、無限に続くので今回はこのへんで。
この無限に続くさまはあたかも再帰(リカージョン)ですね。音で再帰が起きるとハウリング
します。