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コラム

「BIMの浸透した世界」を想像しよう

2019.04.02

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

デジタルトランスフォーメーションの流れにおいて、デジタルな建物情報のプラットフォーム
としてBIMへの期待はますます高まると思われる。BIMに関する標準は、BIMを利用する際の
情報マネジメント標準(ISO 19650-1, 2018)IFCのデータ構造(ISO 16739-1, 2018)
クラシフィケーション標準(ISO 12006-2, 2015)、COBieのBS規格(BS 1192-4, 2014)
など、概ね出そろった感がある。つまり、BIMへの共通理解のための基盤が整ったといえる。
将来はこれらの標準に則てデジタル化された建物の情報が様に利用されていくのだろう。
そろそろ我々は、BIMが当たり前に存在する社会を想像しておく時期に来ていると思う。

例えばBIMが存在する社会では、BIMオブジェクトと製品情報のリンクが整備されていると考
えよう。こうした環境では、製造者が配信するBIMオブジェクトの利用に端を発する設計段階
でのスペックインが一般的になるかもしれない。そのことは電子商取引、製造者の設計協力、
分離発注、などの水平分業化を助長し結果として発注方式の多様化を促すことも想像できる。
また、建物を多様な切り口で分類する共通のクラシフィケーションシステムの利用が一般化し
ていれば、様々なヒストリカルデータを共有するなど、ネットワーク経済性が働いたサービス
が展開されるかもしれない。その先には、新築や修繕改修のプロジェクトにおける発注者と受
注者の間にある情報の非対称性が解消された建築市場の成立を夢想できる。

しかし、BIMで建築情報のデジタル化が進んでも、こうした変化が自然に生じると限らない。
デジタル化の本質であるモノとデータの結合や、データを介したモノやサービス相互の結合に
発展的な可能性を見出す企業家的な精神が重要となる。100年以上前に活躍した経済学者の
J.A.シュンペーターは、新結合の遂行をイノベーションと呼び、イノベーションを「新しい財
新しい品質の財貨の生産」「新しい生産方法の導入」「新しい販路の開拓」「原料あるい
は半製品の新しい供給源の獲得」「新しい組織の実現」の5つに分類した*1。シュンペーター
が説くように、新結合が旧結合を駆逐することで経済が発展するならば、「BIMのある世界」
のイノベーションを想像できるのは、従来の建築生産におけるメインプレイヤーではないかも
しれない。

東南アジアを訪問すると、BIMソフトウエアで属性情報を駆使して設計図面を全て書いている
設計事務所や、デジタル情報を取り込める加工機でシステムを構築した鉄筋加工やPCa制作な
どの先進的な工場に出会うことがある。こうした企業の経営者は総じて若く、BIMを内製しな
ければ何の経験も得られないと考えている。雇用される技術者は、BIMソフトウエアを扱える
ことを証明できれば転職や賃金交渉に有利なため、BIMコンサル企業のスクール等で自主的に
習得する若者も少なくない。そのような国でBIMの普及を後押ししている政府機関は、国際標
準を意識した施策を講じている。建設市場が急速に拡大し、建設技術、法制度、商慣行の洗練
に先んじてBIMが普及しつつある地域では、日本が辿ってきた経路と異なる軌道で建築業のデ
ジタルトランスフォーメーションが進む可能性もある。

日本の場合、改善・改良の積み重ねで進化を遂げてきた建設技術や技能の方向性が変わること
はない。しかし、それらを組み合わせるフレームワークのあり方は、「BIMのある世界」を想
像することで従来と異なる枠組みが見えてくるかもしれない。

*1 J.A. シュムペーター, 「経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回
  転に関する一研究」, 岩波書店, 1977

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授