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コラム

現況図と現況BIMモデルとその先にあるもの

2019.06.25

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

近年、BIMは建物を建てるためだけでなく建物ライフサイクル全体での情報管理の手段である、
ということが認知されるようになってきた。BIMが話題になり始めた頃、「これは建てるため
だけではなく建物ライフサイクル全体やファシリティマネジメントで活用できる情報になるは
ずだ」と確信したが、あながち間違ってはいなかったようだ。ようやく国内でもBIMが本来あ
るべき姿に向かいつつある。

「建物をどのように作るか」という情報は、竣工後に「建物はどのようになっているか」とい
う情報として利用できる。ところが、情報通りに建物を作っていなかったり情報が揃った状態
になっていなかったりすると、建物そのものを観察しない限りその状況を把握することが困難
となる。情報が正しくても、いくつもの図面や部位機器リストに記載される情報の粒度を揃え、
必要に応じてデータクレンジングを行い、それぞれの間で矛盾が起こらないように管理をしな
ければ、情報から建物の正確な姿を読み取ることは難しい。相互の矛盾や不整合が抑えられる
ことが前提となるBIMモデルから、建物データを引き継ぐことが如何に合理的か想像していた
だけるだろう。

建物を運営するには運営の視点から建物をモデル化した情報が必要となる。その一つとして、
文字通り現在の状況を図面で表現した現況図があげられる。現況図を整備するには建物の状態
に加え、運用や利用の状況に関する情報も必要となる。類似しているように見えるが、現況図
と竣工図は別のものだと考えるべきだろう。

現況図を現況BIMモデルに置き換えても、同じだろう。竣工BIMモデルと現況BIMモデルは役
割が異なるものであり両者の違いを整理した上で、改めて「現況BIMモデル」を定義すべき
時が来ていると思う。
設計から運営・維持管理に至る建物ライフサイクルでのBIMの活用、という問題を設定する場
合、そこで言及されるBIMモデルが、建物や設備のハードウェア要素のみをモデル化したもの
だと、目的によっては情報が不足する。ハードウェアとしての情報のみでは維持管理と修繕に
は活用できても、建物の運営で活用するのは難しい。
点検や修繕といった建物の保全や維持管理のリファレンスとしてBIMモデルを利用できれば、
現地に出向いて探し回らなくても何がどこにいくつあるのかといた情報を得ることができる。
確かにその効果は大きい。しかし、建物のハードウェアの側面だけをデジタル化しただけでは、
あまりにももったいないのではないだろうか?

建物ライフサイクルにおいてハードウェアとしての建物が適正に動作し、機能を提供すること
は当然であり重要である。一方、建物はオーナーやユーザーにとって、事業や居住をはじめと
するアクティビティのためのツールでもある。状態だけでなく、使われ方やアクティビティに
対する情報提供等、建物のソフトウェア要素の情報を現況図に反映することが、建物ライフサ
イクルマネジメントやファシリティマネジメントからは求められる。
設計図と同様に、現況図も建物サービスの提供側と建物オーナーやユーザー間での情報共有と
伝達の手段として機能する必要がある。共有・伝達すべき情報は目的やシーンに応じてさまざ
まであり、部位機器がどこにいくつあるかといったものから、どう使っているか、どこを使っ
ているか、どのように評価できるか、といった運営の情報、さらには履歴や今後の予定といっ
た時系列に関する情報も関係する。そうなると、従来の2次元図面というメディアによる表現
ではどうしても限界がある。
建物に関する多角的な視点による情報を統合(または連携)し、フィルタをかけて必要なもの
のみを抽出・参照・共有する手段として、BIMの方法論による「現況BIMモデル」はこれらの
要件に応えることができるはずである。

とはいえ、建物のソフトウェア面の情報は、設計者や施工者が一方的に決められるわけではな
い。したがって、現況BIMモデルは建物オーナーやユーザーにも開放され、容易にアクセスで
きるものでなくてはならない。そのためには、BIMツールの改良も必要となる。現況BIMモデ
ルが、発注者と受注者のコミュニケーションを深化させる場であることが求められる。

単純にモデルを切り出して現況図やデタベスを抽出するだけでなくVRと組み合わせて関
係者で共有すれば、ステークホルダーの認識を合わせることができ、行き違いのない意思決定
を迅速に行うこともできるようになるだろう。シミュレーションツールやAIと組み合わせるこ
とで、複数のシナリオの設定や高い精度の評価も可能となる。現況BIMモデルを突き詰めると、
建物のデジタルツインに行きつくことになる。その時はBIMツールではなく、VRとダッシュ
ボードがステークホルダーの標準的なUI(ユーザーインターフェイス)として提供されるべき
かもしれない。

理想的で夢のような現況BIMだが、残念ながら現実はそれほど甘くない。現況としてデジタル
ツインの役割を果たすためには、常に現況であり続けるための現行化が必要となる。現行化す
るためのすべての情報がセンサーによって取得され、それらの情報を元に自動的に更新される
のが理想だが、現在はかなりの部分に人間が介在せざるを得ない状況となっている。これらの
克服が現況BIMモデルのコストと精度に関する最大の課題だと考える。とはいえ、人間の作業
をすべてセンサーに置き換えようとすると、現時点では人間よりも更にコストがかかることに
なる。また、BIMモデルがない既存建物の場合、新たに現況BIMモデルを作成しようとすると、
かなりの労力が必要となる。

現況図から現況BIMモデル、そしてその先のデジタルツインに至る道は平坦ではなさそうだが、
様々な課題を明確化し解決していくだけの価値はあるだろう。あわせて、BIMをいつまでも建
設クラスタ内の密かな楽しみにしておかず、社会全体に認知されるよう努力を続けるべきだと
も思う。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター