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コラム

ミラーワールドと石ころ

2019.07.16

パラメトリック・ボイス            木内建築計画事務所 木内俊克

例によってTwitterに流れてくる豊田啓介さんのツイートをチラ見して、WIREDの最新号で「MIRROR WORLD #デジタルツインへようこそ」という特集が組まれていることに気づき、
そうかケヴィン・ケリー氏も書いてるんだということで拝読、やはり結構面白かった、という
か筆者が本コラムの連載で扱ってきた関心ともかなり近い議論が展開されていたので、これま
た例によってメモを記すこととした(以下、敬称略で失礼させていただく)。

本特集はケヴィン・ケリーのエッセイ「ARが生み出す次の巨大プラットフォーム 『ミラー
ワールド』」を主軸に、豊田啓介の「コモングラウンド」論、川田十夢の実装をベースとした
ARに関する論考、その他複数のテキストが束ねられて構成されている。特集の関連書籍紹介
では、伊藤亜紗が「自閉症という知性」(池上英子)を紹介するテキストを寄せていたりと、
豪華な特集だ。隅から隅まで議論したいトピックは盛り沢山なだけにすべてはカバーできない
ので、筆の赴くまま気になったところをつまみ食いしながら考えた軌跡を辿れたらと思う。

ケヴィン・ケリーのテキストの中で特に印象的だったのは、ミラーワールド=ARプラット
フォームのイメージを喚起する呼び水として、ホルヘ・ルイス・ボルヘスがかつて夢想してい
た、現実の土地と「まったく同じサイズの地図」を引用していたこと、またミラーワールドの
内部では一般に「placeness(場所らしさ)」が志向されていること、従ってミラーワールド
へのアクセス方法は、現実世界に重層された情報レイヤーというよりは、物理空間そのものを
検索するような感覚に移行していくだろうといった指摘だった。氏のテキストをそのまま引用
すれば、物理空間の検索とは、「川沿いにあって日の出が眺められる公園のベンチがある場所
を探して」といったようなニュアンスを指しているという。
筆者があくまで空間をデザインする立場から面白いなと感じるのは、そこで志向されている検
索の感覚をイメージすると、どうやらそれは「散歩」のモチベーションに近いように感じられ
るところだ。何となくその日の天気や気分で、散歩の行先や都度の寄り道の判断は変わってい
く。明確にこれがしたいというよりは、都度、身体にインプットされる外的な刺激を総合しな
がら、なんとなくほしい環境に身を寄せていく。そして昨日より少し違う今や、かつて体験し
たいつかの再現としての今、それでも少しずつ異なる今といった微細な瞬間瞬間の持つ質を楽
しむことに余暇としての喜びを見出す感覚がそこにある。そしてその感覚を身体にすりこんで
ケリーの言うミラーワールドにふたたび戻れば、そこでの検索は、まさに微細なニュアンスを
多分に含んだ複合的な感覚の中をぶらぶら徘徊し、直感的にほしいものに触っては束ねていく
ような、そんな「散歩的」な行為を拡張する空間であるように感じられる。そこが面白い。

インターネット以前を知っている、筆者より上の世代の方には共感いただけることかと思うが、
スマホやWIFI環境によりいついかなるときも検索が可能になったことで私たちの頭は完全に
「検索脳」に切り替わった。行為をおこす前に計画をたてる必要がほとんどなくなったことも
「検索脳」に拍車をかけていて、何時にどこに行くかさえ決まっていれば、その過程をどう選
んで一日を過ごすかは、かなりの部分、その場その場の検索によってどうにでも構成できるよ
うになった。おおまかな軸のまわりにいくつもの可能な選択肢がぶらさがり、折り重なった日
常のイメージが形成される。概念の定義でさえも、検索はそれを複数の別々に書かれ編まれた
情報の、境界のぼやけた集合体として認知するようなものの捉え方をデフォルト化してきた。
ケリーの言うミラーワールドは、より直感的、身体的な判断の自由度を最大化していくという
意味で、「検索脳」を加速し、「検索的身体」やその「検索的ふるまい」を生成していくイン
フラとなるのだろうというイメージが強く喚起される。

またケリーはエッセイの後段でARが加速した世界ではこうした検索が言語を介してではな
く、視覚的なイメージによる検索へ移行していくだろうという指摘も同時に提出している。誰
でも視覚的なイメージをつくるリテラシーが、文字を書くリテラシーと同じように進んでいく
はずだという前提がこの指摘の根拠となっており、その是非はともかくとして、確かに多かれ
少なかれ文字以外のより身体的な検索ルートが一般化していくことは想像に難くない。むしろ
イメージに限定されず、温熱感覚や触覚、聴覚など、普遍的に定量化しうる情報のインプット
が取れる対象に対しては、視覚情報においてGoogle Lensが環境を情報化して検索に組み込ん
でいくようなことが、多角的なセンサーをとおしてすぐにでも一般化されていくのだろう。

そんな、ケリーのいうミラーワールドにおける日々の暮らしをイメージしていくと、一方でひ
とつの疑問というかどうなるのかなという思いが生じるところも出てくる。「ではミラーワー
ルドにミラーされている情報とは、とどのつまり何なのだろうか」、という問いだ。

豊田の論じるコモングラウンド論は、その意味では非常に明快なスコープが提示されていて、
第五世代のプラットフォーマーは都市をまるごとミラーする対象として取り扱い、そこで行わ
れているトランザクションはすべて追跡するというものだ。貨幣的な交換価値が集中し、実際
にものや人、エネルギーの移動の軌跡として認識できる情報はすべて追跡される以上、かなり
のところ、豊田の言う環世界としての都市の記述が可能になることが予想される。というかそ
んなことが本当に起きれば、イノベーションどころの騒ぎではなくなるし、政治や人権の問題
は根幹から大きな問いに直面することになるわけで、そのインパクトは火を見るよりも明らか
で、圧倒的な価値にも脅威にもなることは疑いようがない。
だが筆者の小さな疑問は、そうした大人な世界の話とは別次元のところで、仮に第五世代のプ
ラットフォーマーが都市をまるごとミラーリングしたとしても、それでもこぼれてしまう世界
の機微があるのではないかという思い、もっと言えば、人の暮らしの豊かさを考える上では都
市のすべてのトランザクションよりも、もっと人間の尊厳を高めてくれるような次元の情報の
所在もあるのではないかという思いだ。

「断片的なものの社会学」で岸政彦がどこにでもある石ころにそこにしかない存在の唯一性を
見出したストーリーを引用するまでもなく、現実の物理世界に存在するオブジェクトは、圧倒
的な情報量をそのうちにたたみ込んだメディアだ。岸と石ころの例一つをとっても、石の形状、
その硬さ、温度、そのときの外気温、周辺環境との関係、そして何より岸自身に埋め込まれて
きた経験の記憶や、知識、そういったものの総体が生み出した関係の網が、岸にとっての石こ
ろの唯一性を生じさせたものだろう。仮にそこに生じていた関係をミラーリングしたいと考え
るのであれば、そこで読み込まれなければならない情報は実に多岐にわたり、現在の技術基準
で考える限り、包括的に都市全体を覆いつくすレベルであらゆる個人の経験からこの密度での
情報を抽出、記録することは絶望的なものになる。そしてそこがまさに視点の分かれ目になる
のだが、ではこうした情報のミラーリングは包括的には実施しえないし、ないし直接的に経済
的な活動に還元されえないからという点で切り捨てられるべきものなのか、あるいは断片的に
でも蓄積されることに価値が生じるものなのか、その問いこそを問うていきたいというのが、
筆者か感じた率直なところかもしれない。

もっと卑近な例に寄せれば、たとえば誰でも撮ったことがあるはずの記念写真やそれに付随す
る種々雑多な思い出話を、その写真が取られた場所の物理的な環境情報や日々の記録とカップ
リングしてミラーリングできれば、それは研究者やまちづくり団体などの一時的なコミットメ
ントにより収集される断片的な都市情報にしかならないかもしれないが、部分的ではあっても
都市のその部分における質的なたたずまいやそこで人々が感じた都市とは何であったのかを映
し出す、圧倒的な密度のイメージの塊となるはずだ。そして、その価値をつかまえる為には、
やはりその目的に特化したルートでの日常空間のアーカイビングといったテーマを考える必要
があるのだろうと思う。

冒頭でも少し触れたが、ミラーワールドの特集の中で、伊藤亜紗が「自閉症という知性」を紹
介するテキストの中で、「ミラーワールドの強みは、個々の主観的特性を客観的に外在化させ
られるところにある」と書いているあたりの投げかけはその点で興味深い。
ミラーワールドを現実のデジタルツインにコミュニケーションの双方向性が実装された状態と
のみ定義するのではなく、「個々の主観的特性が客観的に外在化された」ものとして考えるあ
り方に、日常空間のアーカイビングといったテーマの端緒があるかもしれない。

などと悶々としつつ、ひとまず今回はそんなところでメモを閉じたい。引き続き考えていきた
いテーマだ。

 「かみのいし」©中山英之+砂山太一 sunayama studioウェブサイトより転載。ありふれた
 石それぞれの形状、表情を高精細にスキャンし、25面体の多面体に近似しては、それぞれの面
 に対応する画像を割り当てて、石それぞれの固有性を紙により再現したプロジェクト。世界を
 構成する、一見冗長に思われる情報の豊かさを最大限引き出している点で非常に興味深いアプ
 ローチ。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のsunayama studioのWebサイト
 へリンクします。

 「かみのいし」©中山英之+砂山太一 sunayama studioウェブサイトより転載。ありふれた
 石それぞれの形状、表情を高精細にスキャンし、25面体の多面体に近似しては、それぞれの面
 に対応する画像を割り当てて、石それぞれの固有性を紙により再現したプロジェクト。世界を
 構成する、一見冗長に思われる情報の豊かさを最大限引き出している点で非常に興味深いアプ
 ローチ。
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