ロボットが描く地図
2019.07.30
パラメトリック・ボイス アンズスタジオ 竹中司/岡部文
岡部 人間と地図の歴史は、紀元前までさかのぼることができる。
最も古いと考えられている世界地図は、紀元前600年ころのバビロニアの世界地図だ。
長方形に描かれたバビロンを中心に、2つの円が描かれている。内側の円が陸地、内
側と外側の円の間が海、外側の円のまわりが対岸の陸地を示していたのだという。
竹中 自分がどこにいるか、周りがどうなっているかが全く分からない状況の中で描かれた
面白い視点だと言えるね。地図は、技術の発達とともに一歩ずつ進化してきた。
岡部 そうだね。そして興味深いのは、自分がどこにいるかが分からない中で地図を描かな
くてはならない、という状況が再び起きている、ということなんだ。
竹中 人間のための地図ではなくて、搬送用ロボットをはじめとする移動体のための地図生
成の問題だね。今までのAGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送車、自動搬送
台車)は、磁気テープやQRコードによって動く経路を制約されていること多かった。
岡部 けれど、センサの技術やカメラの技術が進化することにより、自己位置推定と環境地
図作成を同時に行うことが可能になってきた。こうした技術を、SLAM(スラム:
Simultaneous Localization and Mapping)技術と呼んでいる。インタラクティブな
地図の誕生だ。はじめての環境下で、自律的に動くための技術開発に大きな注目が集
まりつつあるんだ。
竹中 SLAMにも、いくつかの種類がある。例えば、カメラで得た画像情報を基にする
Visual SLAMや、光センサ技術によってリアルタイムに取得できる3次元 SLAMなど
が挙げられるね。2020年頃に一部地域で無人宅配などのサービスが実施されるとい
う期待が、こうした技術開発のスピードに拍車をかけている。
岡部 そんな中、15年近く前に書かれた書籍「Probabilistic Robotics(確率ロボティクス)」
の考え方に注目したい。センサですべての環境情報を収集して完成された地図を描く
ことを目指すのではなく、「不確かさ」を確率論で扱いながらロボットのための地図
を描いてゆくという、ある種、人間らしい考え方だ。
竹中 私達が日頃、自らの五感と予測によって空間認知地図を描いているように、ロボット
に指示を出すための地図も、刻々と変化する環境情報の処理と予測によって描かれる
ダイナミックなものに変化してきた。ロボットたちは、操られることなく、周囲の環
境を理解し、自らの判断で動くための自律的な一歩を踏み出した。いよいよロボット
は、自分の力で歩きはじめたのだ。