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コラム

コンピュテーショナルデザインにおける
ファサードとルールのデザイン

2019.12.12

パラメトリック・ボイス

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡   

今回から開始する本コラム連載では、コンピュテーショナルデザイナーとしての著者の十数年
の経験から、コンピュテーショナルデザインにおける技法、知見、デザインプロセス、マイン
ドセットまたは関連技術、文化などについて記していく予定である。
 
コンピュテーショナルデザインとはルールやアルゴリズムの記述によりジオメトリやデータの
生成、操作を行うことであると言えるが、それを用いて著者が過去に関わったプロジェクトに
は、構造、都市計画、形態生成といったものもある一方、全体としてはファサード設計のプロ
ジェクトが多い(図1)。それは多数のパネルで構成されるファサードを細部のパネルと全体
の構成を同時にデザインすることにコンピュテーショナルデザインの強みが発揮されるためで
ある。

 図1.コンピュテーショナルデザインにより著者が設計したファサード例

 図1.コンピュテーショナルデザインにより著者が設計したファサード例


コンピュテーショナルデザインの強みの根底にあるのは、コンピュータによる繰り返しの能力
であり、人手では困難な多数の要素を相手にするときにその能力が生かされる。多数の設計要
素をルールの記述により一括して操作し、部分と全体をデザイナーが評価しながら進めるデザ
インプロセスに効果的であり、もしくは設計要素は少数であっても、それらのあり得る無数の
可能性を模索するプロセスに有効に機能する。
 
先日、建築技術12月号に寄稿した記事にも記したが、コンピュテーショナルデザインにおい
てファサードを扱うときには、パネル化という手法を用いることが多い。パネル化は、建物の
外壁にあたる平面または曲面をパネルに適した大きさの領域に分割して、各領域にパネル形状
を割り当てる処理である。平面に均一な分割方法で同一のパネル形状を割り当てるのであれば
コンピュテーションを用いずとも容易に行えるが、変化のある分割方法や多様なパネル形状を
ルールの記述により生成する場合に、コンピュテーショナルデザインの能力が生かされる。ま
た、プロジェクトでは予算、法規、施工や製造の方法、構造や環境の指標など様々な制約条件
や関わる人々からの要望があり、それらの考慮なしにはプロジェクトの実現は難しいが、それ
らはルールに盛り込むことによってデザインに反映することができる。ただし、条件の盛り込
み方、相反する条件の組み合わせ方などに体系的な手法はまだ存在せず、デザイナーのアイデ
アや業界のノウハウによるところが大きい。
 
ではルールとは具体的にどういったものか?記述の方法は使用するソフトウェアやツールの環
境に依存するが、例えばプログラミングコードを書く、Grasshopperのようなビジュアル言語
で記述する、マクロやバッチ処理設定する、それらの処理に読み込ませるデータをファイルと
して外部化する、またはそれら処理を複合的に組み合わせる、といった環境がある。著者の活
動ではプロセシングにおけるプログラミングコードと入力ファイルを組み合わせてルールを記
述することが多い。例として3つのプロジェクトにおけるルールを、コードでの表記は冗長な
ため、概要のみを自然言語的に記すと以下のようになる。

-ミラノ万博中国館屋根ファサード(図2)
(1)入力となる屋根曲面を内部UVグリッドに基づき斜めの四角形領域に分割
(2)各曲面領域を2つ以下の折り曲げを許した10cm刻みの寸法の長方形で近似
(3)右後方がせり上がるように長方形を回転

 図2.ミラノ万博中国館(建築設計:Studio Link-Arc、屋根ファサード設計:ATLV)

 図2.ミラノ万博中国館(建築設計:Studio Link-Arc、屋根ファサード設計:ATLV)


-エマーソン大学中庭ファサード(図3)
(1)上下に動けるノードを、上下間はばね力、左右間は張力で繋いでグリッドを構成
(2)パターンを制御する引力/斥力データを適用して物理シミュレーションを行う
(3)左右の張力線の角度に応じて限られた種類のパネルを生成

 図3.エマーソン大学LA校(建築設計:Morphosis、中庭ファサード設計:杉原聡、
 写真:渡辺太陽)

 図3.エマーソン大学LA校(建築設計:Morphosis、中庭ファサード設計:杉原聡、
 写真:渡辺太陽)


-巴奴毛肚火鍋レストラン天井デザイン(図4)
(1)平面を平行四辺形の領域に分割
(2)ランダムに列を反転し、一部に倍の長さの領域を生成
(3)密度を制御するビットマップに応じて、各領域に限られた種類のパネルを生成

 図4.巴奴毛肚火鍋レストラン(建築設計:Studio Link-Arc + Kane A|UD、
 ファサード、天井設計:ATLV、写真:Studio Link-Arc)

 図4.巴奴毛肚火鍋レストラン(建築設計:Studio Link-Arc + Kane A|UD、
 ファサード、天井設計:ATLV、写真:Studio Link-Arc)


これらのルールは設計意図やプロジェクトの条件、要望の盛り込み方やバランスの試行錯誤を
繰り返した結果であり、通常その試行過程の前半には複数の異なるルールの比較、検証や、
ルールの根本的な見直しを繰り返し、後半にパラメータや入力データを調整してルールを洗練
させることが多い。
 
このようにルール自体をデザインするコンピュテーショナルデザインの手法により、設計作業
の高速化、効率化、柔軟化がなされ、より合理的で効率の良い建設のための設計が行えるが、
プロジェクトの条件、要望に応えてなおかつ、既存の手法では困難であるがコンピュテーショ
ナルデザインで初めて実現可能なデザインを追求することが、その強みを発揮し、建築の進歩
に貢献することに繋がると著者は考える。今後のコラムでは、コンピュテーショナルデザイン
のプロジェクトにおいて直面した問題や、技法の詳細、関連知識や裏話などを記したく思う。

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表