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コラム

BIMの天動説と地動説 
〜建物データフローのモデル化

2019.12.19

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

CADからBIMへの建物デタの記述表現の移行は単に2次元が3次元になったという話ではな
く、属性データを含めたより多くの統合された情報をハンドリングよく扱うようにしたという
ことであり、建物データ流通プロセスそのものを変えたと捉えるべきだろう。企画・設計から
運営・維持管理に至る建物ライフサイクルで活用する建物データの統合・集約は、工程を超え
た情報流通と継承、シングルインプットによる建物情報管理コストのミニマム化をもたらすも
のとなり得る。
一般的に建物ライフサイクルにおけるBIMの概念は、企画、設計、施工、竣工、運営・維持管
理という一連のプロセスが循環する円として描かれ、その中心にBIMモデルがすべてを見据え
るかのごとく鎮座している。このイメージはBIMの世界観を端的に表すものだと思うが、工程
内や工程間の情報流通の視点からは建物データは動的な存在であり、BIMモデルはあたかも複
雑に枝分れするデータフローと言う名のベルトコンベアの上を運ばれるコンテナボックスのよ
うな存在であるとも言える。

建物ライフサイクルにおけるBIMモデルを天動説から地動説に切り替えて見てみると、企画か
ら運営・維持管理までのそれぞれの工程で、関係者がどのように建物データをやり取りしてい
るか、ある工程から別の工程にどのように建物データを受け渡しているかをデータフローで捉
えなければならないことがわかる。建物ライフサイクルで使用される様々な建物データがどの
工程で誰によって作成され、どの工程で誰に利用されるか、用途や目的別に細かく分類した
チャートを作成すると、データ管理の課題が抽出され解決手段としてのBIMの適用範囲とBIM
モデルの要件が明確になる。
設計情報から工事への意図伝達や完了工事情報の保守・維持管理への変更情報の継承は、建物
ライフサイクルマネジメントの建物データフローにおいて特に注意すべき箇所だろう。また、
既存建物の運営・維持管理、改修・修繕を対象とした整備計画策定、基本検討、設計、監理、
監視・保守、維持管理といった一連の業務では、これらの工程で参照・利用される建物現況情
報の品質保持が求められる。適正な建物データフローの実現、という観点から建物データ管理
やBIMを考えることも重要だと思う。

現況情報の品質を確保しながら、設計情報の原本としても活用するにはどのような建物データ
フローを構築すればよいのか?おそらくこれが、既存建物の運用・維持管理と同時に修繕、改
修、機能向上をミッションとしている企業組織が持つ共通の課題なのではないだろうか。
筆者が社会基盤としての通信建物データ管理において最初にこの課題に直面したのは前世紀、
1990年代の終わり頃であった。求められたのは通信電源設備の設備増設、更改工事のための
設計業務と稼働している設備の監視・保守業務において、電力設備現況図の品質保持と設計業
務での合理的な工事図面流通の両立、更に現況情報の品質保持のために工事完了後に変更箇所
を現況図に速やかかつ適正に反映する仕組みの実現だった。当時はBIMの概念はなかったため、
2次元の図面データを用いた現況情報の品質確保と設計・工事図面の流通管理の両立を技術上
の課題とした。
当時すでに建物データを流通させることができるネットワーク環境は整備されていたが、すべ
ての関係者が必ずしも同じ条件で情報流通の利便性を享受できたわけではなく、モバイル環境
は発展途上であり情報を自由に持ち運ぶことが簡単ではない時代だったことを思い出す。

設計の原図となる現況図を設計者が図面庫から取り出し、設計による変更を加えて施工者に引
き渡す。施工者は工事完了後に竣工図を作成し、それを設計者に返却する。設計者は工事の完
了を確認し、変更情報を過不足なく反映させ現況図を更新して図面流通サイクルを完結させる。
勿論常時図面庫にはその時点での最新の現況図が保持され、設計者だけではなく保守・維持管
理者も参照することができる。現況図が工事で使用されている場合、誰がいつまで工事を行っ
ているかの情報を共有し、工事概要と現況図更新予定時期を知ることができる。
このような建物データフローをモデル化し、図面情報流通管理システムを構築した。原本であ
る現況図データを元にして設計者が設計し、施工者による工事を経て確実に設計者に戻るよう
にするため、図面データに電子透かしを付与し、ファイルをコピーした場合でもどちらが正当
な図面データかを識別できるようにした。また、過去の工事図面の使い回しを防止する機能を
実現するとともに、竣工図と現況図を比較することで変更箇所を確認・承認できるような機能
を追加した。同じ現況図から同時に複数の異なる工事が発生してもそれぞれの変更箇所を現況
図更新に適正に反映できる仕組みも実現している。

手前味噌で恐縮だが、様々な工夫が功を奏したのか1999年の運用開始以来、この仕組みは
20年間に渡り陳腐化もせず約14万の電力設備現況図デタを建物デタサイクルの上に乗せ
続け、現況情報の保持に寄与してきた。このまま動き続ければよかったのだが、残念ながら業
務システムとしての実装環境が寿命を迎えたため、新たな仕組みに移行することとなった。
新たな仕組みへの移行に際しては、適用する分野と業務範囲の拡大や、現状をより詳細に把握
可能な建物データ管理環境の実現といった、新たな要件が追加された。課題を解決するため、
図面データからより多くの情報を持つBIMモデルへの移行にも取り組んでいる。
とはいえ、CADデータとBIMモデルの考え方や保持する情報の種類と量の違いは、流通する建
物データを単純に置き換えれば済む話でもない。業務要件に基づく建物データフローモデルの
再構築を最初に行わなければ、答にたどり着くことはできないだろう。

建物ライフサイクルマネジメントにおける建物データ管理は、世界の中心に統合・集約された
建物データとしてのBIMモデルがある天動説としてのBIMと、データフローというベルトコン
ベアの上をBIMというコンテナボックスで様々な建物データが運ばれる地動説としてのBIMと
いう2つの姿から捉えていくことが必要だと考えている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長