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コラム

ジオメトリの記憶

2019.12.26

パラメトリック・ボイス          隈研吾建築都市設計事務所 松長知宏

初めまして、隈研吾建築都市設計事務所の松長と申します。
今年の10月にArchi Futureに登壇させていただいたご縁からこちらのコラムに参加させてい
ただくことになりました。
せっかく貴重な機会をいただきましたのではじめに簡単に自己紹介をさせていただきたいと
思います。

現在勤めている隈事務所に入所して今年で8年目になります。こちらに来る前は都市銀行で営
業担当として6年半ほど働いていたのですが、学生時代に学んでいた建築の面白さが忘れられ
ず、転職していまの仕事につかせていただきました。
はじめはもっぱら建築CGパースを制作するチーム一員として入所したのですが、徐々に私の
興味も社内のニーズもレンダリングだけではない3D領域に広がり、所謂パラメトリックモデ
リング、コンピュテーショナルデザインの世界に関わるようになりました。
特に転機となったのが4年ほど前のV&A Dundeeのプロジェクトです。

すでに現場の工事も始まっている中で、急遽外壁に取り付けられる「プランク」というプレ
キャストコンクリートのパーツのモデリングを引き継いだのですが、前任者から引き継いだも
のは3Dモデルのほかに2000個以上のパーツの長さや角度といったパラメータを羅列したエ
クセルのファイルでした。それだけの情報があればモデリングを直すことくらい容易なように
思えたのですが、よくよく聞いてみると現場からは製造できるプランクの最大寸法に関する要
請や、設置時に必要なブラケットの位置に関する制限が上がってきており、それらを反映させ
つつリアルタイムでデザインを調整、確認し、かつ現場に正確な数値情報を届けるような仕組
みを作る必要がありました。

いわゆる普通の壁に取り付けるパーツであれば形状の定義に必要なパラメータも単純なのです
が、V&A Dundeeの壁面はねじれており取り付ける位置が少しずれるだけでその列のパーツ
すべてのパラメータが連動して変化する必要があったのが特に厄介でした。当時覚えたての
CATIAを使いながらジオメトリを丁寧に定義し、プランクのモデリングを進めたのですが、そ
こにはそれまでは感じたこともない不思議な感覚がありました。

それはジオメトリが記憶を持っている、という感覚です。3D上にどのような形状を作るにせ
よ、そこには何かしらの手順があるのですが、通常は結果しか見ることができません。しかし、
その当時に目指した3Dモデル上ではある意味手順すら変更可能なパラメータや履歴として残
すことができたのです。どちらかというとそれまでのパラメトリックなモデリングツールはデ
ザインのざっくりとした方向性を検討する際に使われてきた印象があったのですが、一歩踏み
込んでそのデザインを構成する要素一つ一つまで個別にコントロールできる可能性があること
が分かり、モデリングに対する意識が完全に変わりました。単に結果としてのジオメトリを目
指すモデリングではなく、ジオメトリが生成されるプロセス自体をプログラミングすることが
できるという面白さに気が付いたのがまさにその時でした。

それ以来、特にパビリオンのような期間が限定された小規模の作品を中心に関わらせて頂きな
がら、少しでも新しい何かができないものかと日々仕事に取り組んでいます。次回以降のこの
コラムではその取り組みを少しご紹介させていただきたいと思っております。




松長 知宏 氏

隈研吾建築都市設計事務所 設計室長