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ユーザー事例紹介

日米の図面スタイルを比較&融合したBIMへの
取り組み~後編<岡由雨子建築ディザイン>

2020.02.05

日米の図面制作手法の違い
「最初はARCHICADの基本の基本から……それこそインターフェイスの解説から2日くらいか
けて教わりそれから作業に入りました。すでに契約も済んでスタートしていたプロジェクト
でしたから、納品すべき図面の種類や期日も定まっていました。そこで“これとこれとこの図
面をこの日までに仕上げなければならない。どうすれば?”と、率直に相談を持ちかけたので
す」(岡氏)。
ところが、長年日本を離れてアメリカの設計業務に携わってきた三戸氏は、帰国当初に日本で
触れた図面から、渡米前に知っていたそれとまったく異なる印象を受けていたのだという。そ
して、そのあとも三戸氏は、岡氏に声をかけられた時まで、日米の図面制作手法の相違に疑問
を持ち続けていたのである。

 「函館プロジェクト」(断面パース)

 「函館プロジェクト」(断面パース)


では、三戸氏は、日米の図面のどこにそれほど大きな違いがあると感じたのだろうか?
「アメリカでは、図面もきわめて合理的に作られています。しかも、その統一されたスタイル
が業界で共有され、スタンダード化されているのですね。だから誰が見ても理解できるし、ど
の事務所へ移っても即戦力として活躍できるのです」。ところが日本ではそれは難しい、と
三戸氏は言う。図面自体の表現が不十分で一貫してない上、事務所ごとに整理の仕方が異なり、
各社の自己流になっていることさえ少なくないのだという。
「図面であるにも関わらず、情報を読み取ることがとても難しくなっているように思えました。
それは岡さんの図面が、ということではなく、他所のものも含めて日本の図面そのものが持つ
特性だと思えたわけです」(三戸氏)。
一方、当初、三戸氏の言う内容がなかなか飲み込めなかった岡氏も、改めて自身の描く図面を
見直していくうち、「たしかにこれではわかりにくい」と感じる箇所が次々と見えてきたとい
う。
「三戸さんから“アメリカではこんな風に描いている”と話してもらい、私も日本流の作図方法
をいろいろ伝えて、二人で日米両国の図面作りスタイルを比べていったのです。そして、双方
の図面に長所と弱点があり、お互い学ぶべき所がたくさんあることに気づきました」。ならば
アメリカ式の図面の良い所も活かし、日本のBIMに適した「本当にわかりやすい図面」を作る
べきだそう二人は考えた。そしてこの試みで大きな威力を発揮したのがARCHICADだった。

   平面詳細図抜粋

   平面詳細図抜粋


日米双方の良い部分を調整&融合
「例えばアメリカの図面では、基本的に文字情報よりも記号や符号、凡例などを多用します。
これらを用いて図面内のさまざまな要素をすべて明確にリンクしているのです。一方 日本
の図面にはそうしたリンクの意識がほとんどありません。そのため図面同士の関連がはっきり
せず、要素の説明も舌足らずになりがちで、慣れない人間には内容が伝わりにくいのです」。
そう語る三戸氏によれば、米国式の図面ではそのすべてにシート番号と図面番号が付けられて
おり、これらの番号・符号によって各要素がわかりやすく結ばれているのだという。 しかも、
そのリンクはARCHICADが備えているマルの機能を使うことで容易に作成できるの
である。当然といえば当然だろうARCHICADというツール自体が、海外の設計手法を参考に
開発されたものなのだから。
「例えば断面図だったら、平面図上の断面図符号にシート番号と図面番号が付き、対応する断
面図の側にもシート番号と図面番号が付いています。そこで平面図のこの箇所の断面を確認し
たいと思ったら、その断面図符号に書かれている図面番号を見てその図面を確認することがで
きる。設計全体の骨格とそれぞれのリンクがとても重視されているわけです。そして
ARCHICADを使うと断面図符号をクリックすることにより、リンク経由で即座に確認したい
断面図へとジャンプできます」(三戸氏)。

 シート番号                 平面図マークアップ

 シート番号                 平面図マークアップ


「一方、日本の場合は、ご存知のとおり平・立・断に矩計と、まず図面の種類が求められます。
仕上表に建具表といった図面リストみたいなものはありますが、“それらをどう整理するか”に
ついてはスタンダードなやり方が存在しません。だから、図面を見ていてある箇所の詳細を知
りたいと思っても、どの書類に書いてあるのか、すぐにわからないわけです」(岡氏)。
さらに言えば、日本式の図面では、その様式のため詳細な情報が省略されてしまうことも多い。
例えば下地に関する情報など、仕上表を見ても網羅しきれてないことがほとんどだという。
「そこからどうやって数量を拾い出しているのかといえば、多くの場合、施工会社が経験に基
づいて想像しているわけで……。 結果として現場で確認せざるを得ない箇所が多くなてし
まうわけです。情報を正しく漏れなく伝えるべき設計図としては、やはり不親切というしかな
いでしょう」(岡氏)。
このように比べていくと、米国式の図面は設計全体の骨格を示し、伝えるシステムがきわめて
合理的な作りとなっていることがわかる。設計意図と施工に必要な細かな情報を網羅し、しか
もそれらを「いかに明確にわかりやすく伝えるか」整理し、それを合理的なシステムに落し込
んでいるのだ。「誰が見ても……たとえ言葉がわらない方でもこの図面なら読むことができる。
そんな仕組みになっているんです」(三戸氏)。
もちろん函館プロジェクトでは日本式の図面が求められている。いくら合理的なものであって
も、米国式の図面をそのまま作って納品するわけには行かないのは当然だ。岡氏と三戸氏は限
りない議論を重ねながら米国式図面の良い所を抽出。それを日本式の図面表現へと落し込んで、
さらにそのためのARCHICADの操作法を試行しながら二人三脚で1つ1つ図面へと仕上げて
いった。それはまさに、プロジェクト前から岡氏が目指していた目標である事務所のスタン
ダードとしてテンプレート化するに相応しい、図面スタイルを築いていくための挑戦にほかな
らなかった。

 「函館プロジェクト」現場風景(基礎工事)

 「函館プロジェクト」現場風景(基礎工事)


BIMを活かした図面整理の方法論
「図面を描くより、“どう作るか”二人で試行錯誤することに大変な時間がかかってしまいまし
たが、どうにかこうにか……三戸さんには苦労をかけましたが……計画どおり図面は仕上り、
無事着工しました」。そういって岡氏は苦笑いする。
「今回は最初のBIM設計チャレンジであり、図面作りの方法論から考える必要があったから
一番大変だったのではないでしょうか。次のプロジェクトはもう少し余裕が出てくるんじゃな
いかな」と両氏とも笑顔になる。だがもちろん、事務所スタンダードの確立を目指す挑戦はま
だ道半ばである。
岡氏は「特に図面整理のためにARCHICADをどう使うか……マをどのスケールの時どこ
へ置くか?壁はどう整理するか?建物全体に対してどう切っていくかなど、米国式を活かした
図面整理の方法論はある程度基盤ができました。あとはこれをいろいろなプロジェクトに応用
しながらノウハウを蓄積していけば、一つ一つが事務所の財産になっていくでしょう。実は次
のプロジェクトで、すでにこれを応用しているんですよ。……やはりまだまだ試行錯誤の連続
ですが」と前向きに語った。

「ARCHICAD」の詳しい情報は、こちらのWebサイトで。