Magazine(マガジン)

コラム

デジタル時代のセルフビルド

2020.02.25

パラメトリック・ボイス               前田建設工業 綱川隆司

気が付けば会社勤めも四半世紀以上が経ち、私が立派な社会の歯車になれたかは未だにわかり
ませんが、発注者やエンドユーザーや多くのステークホルダーが存在する建築という仕事を選
んだことを後悔したことはありませんし、ゼネコンというシステムだからこそ成せる大きな仕
事には今でも憧れがあります。ただ時折、自分一人ですべてをやりきりたいという衝動に駆ら
れる時があります。セルフビルドへの渇望ですね…。BIMという仮想空間にモデリングしてい
るのもその代償行為かもしれません。

さて昨年11月に開所した弊社の新しい研修施設「ICIキャンプ」は“終わらない建築”を標
榜し、ある意味ゼネコンらしからぬ建築になりました。先に開所した「ICIラボ」に隣接す
る廃校小学校の再利用で築50年弱の校舎をリノベーションして宿泊室とセミナ室に改修して
います。計画の最初の段階からマウントフジアーキテクツスタジオの原田真宏先生・
原田麻魚先生と一緒に設計に携わりました。

 廃校小学校を再利用した「ICIキャンプ(人材開発センター)」

 廃校小学校を再利用した「ICIキャンプ(人材開発センター)」


最大170名の宿泊と研修という機能を満たしながら、あえて余白を残して「作り過ぎない」計
画としています。オープン後も職員や学生を巻き込んでのセルフビルドを前提に少しずつ手を
入れていく予定です。先日早速パントリーをつくりに設計職員を引き連れて、最寄りのホーム
センターで資材を買い込み、現地で丸一日作業を行いました。入社1年目の新人もいましたが、
慣れない鋸や電動工具を使っての作業は、普段写真や図面でしかモノを知らない「設計業務」
を逸脱する貴重な体験になったのではないでしょうか。知識や経験というのも大事ですが、そ
の際には「どんなツールを持っているか」は大変重要な要素だと感じます。

となりのICIラボには現在千葉大学平沢研究室と共同で開発中の汎用ロボットアームを利用
した多軸加工機があります。「BIMのデータを活用できるプレカットマシンが欲しい」という
のがそもそもの動機でしたが、実際にはじめてみると、厚いものや曲がったものなど既存の機
種では扱えない材の加工が可能となり、先端の刃物を変えることで加工形状にも自由度がある
マシンが出来あがりました。ICIラボを訪れた方には必ずご覧いただいている全長8mの恐
竜の骨格標本はこの加工機で集成材を切削して部品を切り出して組み立てまで行っています。
芯となるスチールのフレームは今回データをスキャンさせていただいた福井県立恐竜博物館に
紹介していただいたプロの会社にお願いしましたが、基本は自前で組み立てています。以前
3Dプリンターを導入した際には、建築模型をパーツ分割して出力し、プラモデルさながら接
着して自分で組み立てていましたが、それがさらに大型になった感じでしょうか。その時に感
じましたがデジタル技術はなんでも自分でやりたいセルフビルド派の大きな後押しをしてくれ
る、正にパワーを与えてくれる感じがします。

同ICIラボのゲートからのアプローチには現在「木のパビリオン」が二つ設置されています。
新建築2019年10月号にも掲載されていますが、これは東京大学木質材料学研究室の学生によ
るセルフビルドによるものです。昨年第92回五月祭が開催され、そこで展示していたものを
譲渡していただきICIラボに移設したものですが、当社が開発中の多軸加工機を用いて部材
のプレカットに協力しました。製作されたのは学内コンペで選ばれた2作品なのですが、当社
が多軸加工機で協力したのは『木花瓶』というタイトルの片持ち梁の大屋根が回遊性と求心力
のある構造を表現した作品です。

 弊社ICIラボ(取手市)の敷地に移設された木パビリオン『木花瓶』

 弊社ICIラボ(取手市)の敷地に移設された木パビリオン『木花瓶』


この『木花瓶』は精度の高い片持ち梁の採用がポイントであり、3Dデータから当社の開発し
た多軸加工機を活用して精度の高いほぞを3次元プレカットで実現しました。5月の連休明け
からICIラボにて加工を開始し、五月祭の開催は5月18日でしたので超突貫工事といえます。
基本ユニットが24個繰り返される形状ですが通常これほどの数の貫を全て手作業で加工する
場合は約2週間程度必要と思われます。今回多軸加工機を活用することによて約3日間で終え
ることができ、開催直前に学生の手によって東京大学農学部中央3号館前に組み立てられまし
た。学生のみなさんがテキパキと作業を行うのは何だか頼もしい感じです。五月祭終了後には
表参道のギャラリーで展示され、その後ICIラボで再度組み立てられました。ちなみに『木
花瓶』はICIラボのアプローチにある桜の幹を囲む形で組み立てられており、この春には満
開の桜を活けた花瓶のような景色が見られると思います。是非ICIラボを訪れてデジタル技
術が実現した木材の可能性をご覧になっていただきたいと思います。

BIMもそうでしたが、今までに無い新しいものが出てくるとどうしてもそれが負担に思えて、
職域を細分化する議論になりがちです。確かに黎明期はそうなのだろうと思いますが、未来は
もっとシンプルになる予感がします。恐らく現在議論されているフロントローディングもいず
れ来るデジタルファブリケーション時代へ向けての端境期の事象でしかないのでしょうね。

綱川 隆司 氏

前田建設工業 建築事業本部 設計戦略部長