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コラム

BIMのモノサシとルールのデジタル化

2020.03.03

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建物を設計し、施工を経て運営と維持管理をする。この建物ライフサイクル全体を見渡すと、
実に様々な要素が組み合わさっていることを実感する。求められる姿で建物を現実に存在させ、
更に長期間にわたって適正に運営維持していくためには、数多くの要求条件に対して個別に応
えるだけでなく、可能な限り全体を最適化しなければならない。
建物をある視点から評価するためにはその手法に応じたモデル化が必要となり、評価を情報処
理的に行うためには建物モデルをデータとして記述することが求められる。評価の視点ごとに
個々に建物をモデル化データ化してきたこれまでのやり方を統合集約し、汎用的に利用できる
データとする手法の一つが、BIMだと捉えることができるだろう。

よく知られている通り、建物モデルを評価するためには適正に評価ができるツールと、その
ツールに応じた建物のモデル化手法が必要となる。BIMについても、課題解決に応じた建物モ
デルの作成や取り扱いの手順をルル化したBIM実行計画 (BEP:BIM Execution Plan) の作成
が重要とされ、認知されている。それではBIMモデルの評価手法についてはどうだろう。
法令や構造、保守点検等一部の要求条件については、既にBIMモデルを評価するツールが実用
化されている。これらは法規や規格のように共通の約束事や基準が決められ明確な目標や評
価指標が設定されていることによる。
一方、ゾーニングや納まりとディテール、特定の要求条件に応える性能等、更にそれらを包含
するデザインポリシーや固有技術と実現に向けたノウハウについては、要求条件を満足するた
めの手法や手段が企業組織や個人で独自に蓄積・継承されてきた。これらの多くは今でも属人
的な暗黙知であったり、ドキュメントとして形式知化されていたとしても建物モデルを評価す
るためのツールとして実装されていなかったりしているように見える。

デザインポリシーや固有技術とノウハウは建物に個性と魅力を与え、この分野の企業組織や個
人がブランド力や競争力を具備する源泉になっている。法令や技術規格の順守は当然必要とな
るが、基準を満たす際にコストを抑えることができているか、工期の短縮化を実現できている
かといったプロセスを適正化するノウハウとそれを実現する技術は重要となる。また、選択し
たプロセスの評価をする場合、発注者が理解できるような客観的な指標とわかりやすい表現も
求められる。
建物を設計する場合、設計者は敷地条件や関連法規等のルールを守り、建物の要求条件を満足
するために活用すべき技術の検討、実装に向けた工法の選択といった様々な検討を行う。既存
建物を改修する場合は更に現状の問題点の把握と要求条件に対する解決方法の検討に加え、新
築時からこれまでの改修や修繕工事の履歴、使った材料や工法、当時の性能基準や法規と現在
との相違点、これまでに発生した不具合や問題といった情報を参照し、適正な設計を行うこと
が要求される。建物が事業で使用されている場合は機能を損なわないような配慮も必要となり、
建物にとどまらない建物内部の空間や装置との関係を考慮した上で工事の手順や工法の検討を
しなければならない。

設計者が参照する情報としては、法令集、技術資料、技術標準、ディテール集といったものを
思い浮かべるが、加えてこれまでの類似案件の事例、不具合や事故事例、組織内でのQ&Aと
いったものも重要な参考情報となるだろう。また、建物を運営・維持管理する際の手順や使い
勝手に関する要求条件に関連する情報も必要となる。これらの情報はそれぞれがドキュメント
化されていることはもとより、相互に連携することでどのような視点からでも関連する情報を
抜け漏れなく設計者に提供できるものでなければならない。
要求条件を満たす適正な設計がされているかという評価については、設計全体や特定の技術領
域に特化したレビューや査図といったプロセスによって行われることになる。これまでのレ
ビューは2次元の図面や関連する設計ドキュメントに対する評価として実施されてきたが、
BIMモデルのように建物がこれまでとは異なる方法によって記述・表現されつつある現在でも
その手順は大きくは変わっていない。このような状況は設計だけでなく、施工や運営維持管理
のフェーズについても同様なのではないだろうか。

どこにどのような問題があるか、どの程度の問題か、なぜそれが問題となるのか、が客観的か
つ定量的に評価でき、問題の解決方法としてどのような選択肢があるのかがわかるようなモノ
サシを用意することが建築全体をデジタル化していく流れの中で、主要な課題の一つとなって
いくと考える。とはいえ、デザインを多様化して建物を魅力的なものにすると同時に責任の所
在を明らかにするためにも、最終的にどのような解決方法を採用するかの判断は設計者が担う
べきなのかもしれない。

デジタル化の定義は色々とあるだろうが、人間が介在しない情報処理を可能とするデータの記
述・表現手法だと捉えれば、どのようにモノサシを用意すればよいかを考えやすいのではない
かと思う。画像に対して何らかの判定をするAIは人間のように画像を見ているわけではなく、
各々の画素の色とその分布状態のデータを統計的に評価している。従って学習データの作成で
はその特性を考慮する。建物のモデルを評価するモノサシのデジタル化においても、このよう
な考え方がヒントにならないだろうか。加えてデジタル化されたモノサシにより固有技術やノ
ウハウの評価を行う建物モデルは現状のBIMモデルで良いのか、BIMモデルの作成プロセスで
活用するデジタル化されたルールのあるべき姿についても検討すべきだろう。

BIMはモノとしての建物をデジタル化する手段の進化過程の一つと捉えることができる。モノ
としての建物のデジタル化が進化していく上で、建物モデルを評価するためのモノサシと、モ
ノサシに適合する建物モデルを作るためのルールのデジタル化についてもこれまで以上に注力
すべき時が来ているのだと感じている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長