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コラム

COVID-19事態とIT社会の将来

2020.03.31

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

しばらくコラムの間が開いてしまった。しかしArchiFuture Webにはその間に新しい優秀なコ
ラムニストが続々と現れているので安泰である。忘れられないうちにそろそろ復帰しようかな
あと思っていたところに、COVID-19(新型コロナウイルス)による大きな社会的混乱が勃発
してしまい、それに全く無関係な話題を書くのも何か不自然なほどである。とはいえ医療の専
門家でもないし、暗い話題は得意ではないので、こんな時こそ前向きに、この騒ぎで出現した
社会のIT化の新しい動きを捉えた話題を考えてみたい。
感染防止対策として、おそらく読者の皆さんの仕事や学校でもテレワークに遠隔授業、遠隔
ミーティングなどのオンライン・コミュニケーションが圧倒的に増えていることと思う。声が
途切れたり、顔色が読めなかったり、なかなか実際に会うのとは同じにはならないとはいえ、
この際、背に腹は変えられないので、今まで否定派だったり、苦手意識があったりした人たち
も半ば強制的に新しいソフトウェアをインストールさせられている。しかし最初はスピーカー
から音が出ないとか四苦八苦していても、とにかくこれまでと違って毎日のように高い頻度で
使うから、操作方法や使い方のコツなんかがあっという間に身についてきているのではないか
と思う。
つまり、今現在、全国で猛烈な遠隔コミュニケーショントレーニング期間が巻き起こっている
わけで、数ヶ月後には社会全体のITリテラシーはものすごく向上しているのではないかと思う
のである。大学でも語学の授業や設計の演習指導に至るまでオンラインで行おうとしている。
実際にやってみると、もどかしいところがありつつも、できることもわかってくる。そして、
いろいろ新しい発見があって、新しい工夫の芽が出てくるところが面白い。例えば現実の会場
なら拍手のように簡単な表現で意識が同期できるが、それは難しい。でもチャット機能を使っ
て少し補完することもできるし、こうした意見が多ければ拍手ボタンのような機能もすぐに追
加されていくだろう。多様な目的と使われ方の膨大なフィードバックが生まれるはずなので、
おそらく遠隔コミュニケーションの技術は短期間のうちに高度に発展することになるのではな
いかと思う。さすがに体育の授業は無理かと思っていたら、聞いてみると既にゲーム機で実用
商用化されている慣性センサーのデバイスはある程度スマホでもできるので、アプリ開発だけ
で遠隔で運動量を管理しながら球技のコツを教えることも確かに可能である。プロのコーチに
でもコンテンツを作って貰えばひょっとすると効率的ですらあるかもしれない。まさしく必要
は発明の母で、これまで常識に囚われ惰性で行っていた様々な日常活動を「遠隔」で行うこと
で、むしろ新しい可能性が広がってくるのではないだろうか。そういえば、ベンチャー企業の
H2Lの玉城絵美さんらが開発したPossessedHandのように筋肉への電気刺激によって他人の身
体的触感が体験できるだけでなく、遠隔から手指の動きを制御できる技術も既に開発されてい
て、5Gの通信環境などによってデータスループットが上がればさらに実用性が出るだろうと
言われていたところであったが、もし明確な需要があれば爆発的に普及するのではないか。

設計の打ち合わせやエスキスでいえば、3Dモデルを同時に眺めて同時に編集できるGoogleド
キュメントのような遠隔共有機能があったらいいなとか、参加者それぞれが見せたいものが同
時に画面共有できたらいいなとか、さらにその先にはヘッドマウントディスプレイによるVR空
間上でやれればというあたりだが、おそらく今、こうした議論がありとあらゆる分野で起きて
いるはずである。大相撲を無観客でやってみたら、力士同士が激しくぶつかり合う「音」の存
在が改めて認知されたという。スポーツでは観衆の存在がどんなに重要かが痛感される一方で、
観客がいないおかげでできるカメラワークなどが演出できるようになるかもしれない。直接に
会うのに比べればどうしても劣ることが懸念されていた医療診察ですら、こうなれば遠隔で最
善を尽くした方が合理的である。そしてどの場合にも、そうなった途端にどんな遠い距離も飛
び越えて全ての場所が互いに並列になる。そこには今までにはなかった新たな可能性があるこ
とも間違いない。日本にいながらにして遠く離れた自国の医者に自分の言語で診察してもらえ
た方が、外国人の患者はずっと安心かもしれない。
感染症の脅威は今回だけで終わるとは限らないので、現在のように旅行や出張などが著しく制
限されることは、国際的な分業と貿易、そして留学や移民などの交流で支えられてきたグロー
バライゼーションの危機のように思えるのが当然である。しかし、ここまで述べてきたように
今回の事態で遠隔コミュニケーションの技術が磨かれると同時に、使い道に関する人間の意識
改革が進行すれば、新たなグローバル協業や経済活動の形が出現するとも考えられないだろう
か。モノを輸出入するしかない食料を別にすれば、耐久消費財はノウハウという名前の情報に
置き換えられ、コストの問題だけで生産拠点が決まり、ほとんどのものは持ち歩かなくても共
有の仕組みさえあれば消費を時間分割にできることは、ここのところ既に体験していたことで
はないか。遠隔コミュニケーションの質が大幅に向上して、さらに一般化すれば例えば建築設
計のような仕事でも国外の資源や技術そして社会の問題を理解しながら問題解決する可能性が
拡大できる。例えば3Dプリンターのように既にあった技術も、電話機並みに世界中の各家庭
にあまねく普及することで、その使われ方には大きな変化が生まれるのではないか。
「都市」という人類最大の社会的発明もウイルスの前では問題の根源のように見られ、封鎖の
憂き目にあっている。確かに人が集まることで、物や情報を交換する経済活動を根本的目的と
したその存在にとって、かなり致命的な問題であって、田舎暮らしが見直されてくるのかもし
れないが、とはいえ生活に必要なエネルギーや資源の集中的な供給確保の体制としてはやはり
メリットが大きいから、簡単には手放せない。いわいる公衆衛生の概念が進化しつつ様々な工
夫をしてリスクを減らしながら生きていくしかない。それでも冒頭から述べているように、毎
日の通勤が突然なくなって、多くの人の気持ちの中に、どこまで集まる必要があったのか、と
いう世の中の常識に変化が起きていることも否めないから、これからのオフィスのあり方や
ワークライフバランスのあり方などを考える上で大きな転機になり、それがオフィス建築の空
間デザインや、都市の中でのモビリティのあり方などにも影響してくるだろうと予想できる。
なんだか予測ばかりで恐縮だが、これも悪いことばかりとは限らないのではないかと思う。
さて、そうは言っても人間の最大の楽しみは他人と楽しく語らい合うことだと思うし、レスト
ランや居酒屋でワインやビールを飲みながら(健康にはいいとは限らないが)クダを巻くのは
私自身も無性に好きであることも間違いない。そこで今回のコラムに従えば、気軽に立ち寄れ
る「オンライン居酒屋」を最新技術で開発して、是非一緒に一杯やりませんか?

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  ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のH2LのWebサイトへリンク
   します。

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池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長