Magazine(マガジン)

コラム

The show must go on. 〜BCPとBIM

2020.05.07

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

これまで30回以上コラムを書かせていただいているが、テーマや内容が他のコラムとなるべく
重ならないよう気をつけてきた。建築とコンピュテーショナルの境界領域で、より多様な話題
を提供することが場としてのArchiFuture Webの価値を高めるのではないかという愚考の結果
である。同じようなテーマで書いてしまうと、筆者ごときの筆力では錚々たる他のコラムニス
トの方々に伍するようなレベルにはとても到達しそうにないという事情もある。同時に、時間
が経ってからでも読んでいただけるよう、安易に時事ネタに飛びついてすぐに陳腐化する文章
にはしないよう心がけてもきた。

とはいえ、今回はこの話題に触れないわけにはいかないだろう。そう、現在進行中のこの状況
のことである。
この文章を書いているのは2020年4月下旬である。ここから先は、その時点での視点であるこ
とをご了解いただきたい。

新型コロナウィルス禍はまたたく間に世界を覆い尽くし、あらゆる風景を変えてしまった。最
初は遠い国の出来事に「大変だなあ…」程度の認識だったが、次第に見知った場所が増えてい
き、職場でマスク着用が求められるようになったと思う間もなく在宅勤務へと移行していた。
多くの方も同じだと思うが、そのあまりの急激な変化にただただ唖然呆然としている。
この状況の中で医療や社会基盤を支える仕事をされる方々に最大限の敬意と謝意を表するとと
もに、今回の厄災に遭われてしまった方々にお見舞いを申し上げたい。自分も当事者の一人で
あるという意識を持ち、日々を送らなければならないと思っている。
今は生命を守ることが最優先だが、経済を完全に捨てるわけにも行かないだろう。単純に答え
を出すことができるとは思わないが、それでもなんとかこれまでの営みを継続することも考え
なくてはならない。

BCP (Business Continuity Plan:事業継続計画)は経営だけでなく、事業を支えるあらゆる分
野で検討されている。建設やフシリティマネジメント(FM)でもBCPは一つの分野として成立
している。想定されるリスクには地震や台風洪水と言ったものにとどまらず、テロや戦争等も
含まれている。言うまでもなくこれらは実際に発生しないことが望まれるが、万が一このよう
な事態になった時に建物は何ができるかを、改めて考えてみるべき時なのではないかと思う。

これまで建物のBCPは、地震や台風と言った物理的な影響に対する強靭性や、受けた物理的ダ
メージからの復旧シナリオ、災害に伴うライフライン寸断への対応手順、防犯や侵入に対する
セキュリティの整備といったものが主軸となっていたように思える。BCPのリスク要因には当
然パンデミックも含まれるが、病院等の分野を除けばパンデミックに対する詳細なBCPは必ず
しも明確になっていなかったように感じる。大地震や台風が現実に発生したことに対し、パン
デミックは想定はされるものの、これまではリアリティを持って捉えられていなかったからか
もしれない。

新型コロナウィルスの感染を防止するため、3つの密(密閉・密集・密接)を避ける必要があ
るとされている。そのために外出や活動を自粛し、業態によっては事業活動の休止や縮小を余
儀なくされている。日常生活や事業活動を極力縮小せずに3つの密を回避することが、建物に
求められるBCPの設定すべき課題の一つだと考えても良いのではないだろうか。
3つの密を作らないような機能を持つ建物をどのように実現するか。新築時であればゾーニン
グや動線計画、換気システムの整備と制御等で課題を解決する方法を検討することができるだ
ろう。既存の建物については、既に存在する空間をどのように使用・制御するか、必要に応じ
てどのように手を加えるか、といったことを考えなければならない。いずれにしても建物を
ハードウェアとしてだけでなく、ソフトウェアの視点からも捉えなくてはならない。

現在の一般的なBIMモデルは、建物を構成する部位機器の集合体として記述されている。建物
をどのように作り、どのように維持管理すれば良いかについて必要な情報をほぼ得ることがで
きる。しかし、どのように運営しどのように使うかについてはまだまだ情報が不足しているよ
うに思う。建物ライフサイクル全体で活用できる、統合された建物情報をBIMと捉える時、ビ
ルド&メンテナンスだけではなく、オペレーションに関する情報をどのようにモデル化するか
をさらに検討すべきではないだろうか。
オフィスでも住宅でもその他の建物でもよいのだが、建物の内外の空間で3つの密を避ける使
い方のシナリオ策定と評価、それらを建物オーナーやユーザーにわかりやすく伝達するための
情報と表現はどのようなものかを考えると、オペレーションのためのBIMモデルの有り様が見
えてくるのではないかと思う。空間に関する情報を更に拡張することも回答の一つだろう。現
状と改善案がわかりやすく比較でき、課題解決シナリオを客観的かつ定量的に評価することが
できれば、規模の縮小や一部の変更は避けられないとしても、日常の事業や活動を完全に止め
ずに済むことにならないだろうか。
更にあまり考えたくはない話ではあるが、現在のようなパンデミックの状況で大地震や台風が
発生すれば、従来の避難所における避難生活を送ることは難しくなるだろう。避難所に集中せ
ず車中避難を併用するようなシナリオもあるようだが、長期間の運用は困難である。このよう
な事態を想定し、建物がどのように対処できるかを考えておくことが建物に関係するものの役
目ではないだろうか。複数のリスクが重なるような状況でも、最も多くの人数に避難場所を提
供する方法というのはいくつも存在するはずである。

生命や財産を守り生活や事業を適正に継続する、というのは建物の重要な役割の一つである。
The show must go on.一度幕が上がった舞台は続けられなければならないように、事業や日
常生活は健全な形で続かなくてはならない。そのために建物がどのように役に立てるのか、そ
のためにはどのような方法があるのかを、改めて考えていく必要がある。

         すっかり人出が減ってしまった東京だが、人が少ないことを除
         けば都市の風景はあまり変わっていないように見える。
         ふと人が全く写っていない東京のいろいろな場所の写真を集め
         た写真集「中野正貴写真集 TOKYO NOBODY(2000年8月 
         リトル・モア) 」を思い出した。この写真集の写真は、加工で
         はなく、本当に誰もいなくなる瞬間を辛抱強く待って撮影した
         ものらしい。やはり都市や建築は人がいるからこそ風景になる
         のだと実感する。

         すっかり人出が減ってしまった東京だが、人が少ないことを除
         けば都市の風景はあまり変わっていないように見える。
         ふと人が全く写っていない東京のいろいろな場所の写真を集め
         た写真集「中野正貴写真集 TOKYO NOBODY(2000年8月 
         リトル・モア) 」を思い出した。この写真集の写真は、加工で
         はなく、本当に誰もいなくなる瞬間を辛抱強く待って撮影した
         ものらしい。やはり都市や建築は人がいるからこそ風景になる
         のだと実感する。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長