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コラム

リモートとリアルから見えてきた変化

2020.06.23

パラメトリック・ボイス            安井建築設計事務所 村松弘治

前のコラムから2カ月間、リモートワーク中心の毎日だった。周りからは「けっこうやれるも
のだ」という声が多いが、一方で、本当にどこまでやれているのかという懐疑的な反応も聞こ
えてくる。
わたしたちの事務所では、ほぼすべての社員にモバイル型パソコンが配布されていたことから、
一気にほぼ全員がリモートワークに移行することができた。様々な小さな問題は発生したが、
おおかた、工夫をしながらうまくやり抜けてきたように思う。
ただ、課題を整理してみると、その中からいくつか見えてきたものがある。今まで放っておい
た無駄や不合理が如何に多いかということもわかった。また、それらに気づきながらも実行や
改善に至らなかったことには反省の念もある。
今日では、Web活用も含め、リモートワークへの期待度が高まっているが、一方で解決すべき
様々な課題も顕在化してきている。
今回、リモートワークとリアルワークの運営からは多くのことを学ぶことができた。また今は、
それらを踏まえて、これからの日常をどのように改革すべきかを考える良い機会を得たと前向
きにとらえている。
ということで、今後の成功のために、働く方向、ワークスペース、クラウド、そしてプロセス
というキーワードから、リモートとリアルで見えてきたいくつかの変化と、その気づきについ
て触れてみたいと思う。

働き方が変わる
これまでは当たり前であったオフィスでの仕事が、リアルワークで本来、何をすべきかがより
明快に見えてきたようにも思う。
まず、電子化が整備された事務作業(書類チェックや押印などはその代表的なものであるが)
などのルーティンワークは、場所と時間を選ばず、どこに居ても対応することができる。むし
ろリモートのほうが好都合な場合もある。
一方、設計業務におけるリモートでは、必要とするデータベースの一部が不足すると、なかな
か先に進むことが難しくなる。プロセス面と利用者目線でデータベースをしっかりと再整備、
再構築、改善することが必須であり、また、今がそのチャンスでもあると思う。
他方、ブレーンストーミングやスケッチ・模型・材料を介しての対話や議論など、他者の刺激
を受けながら創造を掻き立てるような場面では、リアルの効果はとても大きいと感じた。
このように、リモートとリアルの長短、課題と解決策をしっかりと理解することが、両者の効
率を最大化していくマネジメント術の「コツ」だと改めて思う。

人の居場所が変わる
Wi-Fi環境が整ているオフスではフリアドレス化が自然にかつ一気に加速した感がある。
個々がより快適な場所を探しながら仕事をするのであるが、これは、リモートワークで培われ
た様々なワークスタイルへの知見と感覚が、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)
に見られるような多彩なワークプレイスを必要としてきているということだろう。つまり、人
の行動にフォーカスしたオフィス活用術への期待と要求が常態化してきていると理解すべきで
ある。
私たちは、昨年から、この思想を取り込んだワークスペース“R-ing Tokyo”<写真>で、新し
い働き方や新たなオフィス活用術の実験を行ってきている。この評価には行動分析やその技
術フォローも含まれるが、さらに今回の知見を活かし、BIMデータと携帯端末とを連携した新
たなオフィス環境情報システムのスタディも開始する。
BuildCAN(日経アーキテクチュア 2020 5-14参照)運営の経験から、この結果は、新規事業
計画や既存オフィス・ファシリティマネジメント運用にもつながる可能性、そしてセキュリ
ティ、防災・避難システムとの組み合わせ、さらにスマートシティにおける健康管理、高齢者
ケア、都市防災などへの拡張の可能性も大いにあると考える。
このように、人の行動にフォーカスしたBIM活用、ICT活用は、これからの主要開発テーマの
一つになっていくだろう。

クラウドの活用
リモートでスムーズにプロジェクトを進めるには、もはやクラウドの利用が欠かせなくなって
きている。
今回の経験から、むしろネットワーク通信+サーバー利用の課題が浮き彫りになった感もある。
とりわけ、設計プロジェクトにおいては大きなデータ量を扱うため、データ交換の能力が業務
の効率にも、直接的に大きな影響を及ぼすことになってしまう。
プロジェクトにおけるクラウド活用は、少し「コツ」がいるのであるが、データ交換の課題を
克服し、さらにコミュニケーションを高めるなど良好な業務環境をつくりだしてきている。ま
た、クライアントや設計者、施工者、そして施設管理者が、プロセスのフェーズごとに最新情
報を共有するプラットフォームとしても高い利便性を有している。
このように、実践に即した運用方法を臨機応変に見つけ出し、積極的に試してみることは、プ
ロセス改善にはとても大切であると改めて感じた。

プロジェクトプロセスが変わる
Webの活用はプロジェクト運営にも影響を与え始めている。まず、ミーティングは場所を選
ばずどこからでも参加できる。移動中も可能である。結果的に時間を有効に使えるようになっ
てきている。ということで、Webによるクライアント・ミーティングやリレーションもかなり
増えてきている。
ミーティングの頻度も高まり、距離も感じなくなってきている。むしろコミュニケーションが
格段に良くなったかもしれない。
設計段階では、これにICTを絡ませることで、さらに有効性を高めることができている。
例えば、どこからでもBIMデータの中に入り込み、ビジュアルに空間を共有、確認、そして駆
け巡ることができるARを組み合わせることでよりその有効性は格段に高まる。またクラ
ウドでいつでも、正確に、進捗度を確認しながら、最新情報を共有することができるため、
設計プロセスの進め方においても変化を実感することができる。
さらに監理フェーズにおいてもWeb定例会議に加え、パノラマ写真システムを用いた現場
確認、設計打ち合わせなど積極かつ多彩な利用が試行されている。
このように、Web活用やクラウド+BIM活用は、プロジェクトプロセスにおける合理性が高い
ということ、改革メリットが大きいということから、ますますスピードアップしながら、内容
の深度化が進み、プロジェクトプロセスや環境改革にも大きな影響を与えると感じている。

この数カ月間の学びは、既成概念をもう一度見直す機会でもあった。今回の出来事に関わらず、
ここでの課題はすでに問題を抱えていたのかもしれない。さらに、積み上げられてきた建築・
環境技術や論理を超える運用へのハードな要求(例えば自然換気+空調バランス)などを目に
すると、わたしたちの柔軟な発想の転換も必須になっていると感じる。
実は、発想の転換は、多くの分野で新たな取り組みが既に開始され、進化の形も見え始めてい
る。このような状況を見ていると、数カ月前の“過去”に戻るよりも、むしろ、これを好機とと
らえて、追い風に乗って一気にステップアップし次代を切り開く年にしたいものである。今
は、そのような環境と雰囲気があると感じている。

村松 弘治 氏

安井建築設計事務所 取締役 副社長執行役員