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コラム

ライフサイクルBIM 2 ~現況BIMモデルの役割

2020.09.11

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建物のオーナーやユーザーは何故建物を建て、所有しまたは借り、使用するのか。建物を建て
ること自体が目的だという場合もあるだろうが、大半は何らかの事業やアクティビティの手段
やツールとして必要だから、ということだろう。発注者のニーズや法令をはじめとする様々な
外的条件を満足し、目的の達成に貢献する最適なソリューションとして建物を提供することが、
設計や施工を始めとする建築生産に求められる。建物をその利用目的に適合した状態に限りな
く近づけ続けるという点で、竣工後の運用・維持管理についても同様である。
建物のツールとしてのポテンシャルを最大限に引き出す手段の一つに、建物情報管理の適正化
が挙げられる。建物ライフサイクル全体での建物情報管理を実現し、建築⽣産⼯程と運用・維
持管理⼯程の両面から建物情報を活用する情報管理手法を「ライフサイクルBIM」と定義し、
その確立に取り組んでいる。前回に続き、今回はライフサイクルBIMの核となる現況BIMモデ
ルの役割について考えてみる。
 
建物ライフサイクルマネジメントの中でも特に竣工後の建物運営管理において重要なことは、
建物の状況を正確に把握して適正に評価・分析し、適切な整備計画を立案し実施することであ
る。竣工後は建物が現実に存在するため、建物の状況を把握するには実際の建物を調査すれば
良いので、手間をかけてBIMモデル化する必要があるのかという指摘がある。確かに管理対象
となる建物が単体でしかもすぐにアクセスできる場所にあればその通りなのかもしれないが、
CREや事業ツールとして多施設を管理する場合、個々の建物だけでなく建物群全体を統合・横
断的に評価し整備しなければならない。また、建物が簡単にアクセスできない場所にある場合
は何度も調査に出向くことが難しい。このように、すべての建物情報を毎回現地で収集すると
いうことは、そのためにかかる様々なコストの面から現実的とは言えない。
 
建物の定期的な点検や修繕、トラブル対応といった運用・維持管理工程では、建物を構成する
部位・機器の数量、位置、性能諸元といった情報を予め入手できているかが業務の効率や品質
を大きく左右する。経営資源や事業ツールとしての建物を大量に保有または使用する場合にも、
複数の建物情報を集計・分析し、時価総額にも影響を及ぼすCREの現在価値や状況、変動傾向
やリスクの把握の資源として建物情報が必要となる。中長期的な整備計画の策定においても、
保有する建物群の現況情報は重要な要素である。複数の建物情報の横断的な活用を実現する建
物情報のデータベース化には、建物情報の作成方法や管理手順の標準化とルール化が欠かせな
い。
既存建物の整備計画に基づく改修や大規模修繕を計画する際は、これまでの設計図書や竣工図
といった情報を収集し、建物の状況と経緯を把握する。同時に図面に現れない詳細な建物情報
を収集するための現地調査を実施する。しかし、部位・機器の性能諸元情報や直接見ることが
困難なものも少なくないため、既存建物の情報を網羅的に収集することは決して容易ではない。
既存建物の整備に必要な建物情報を形状と属性に関する情報から構成されるBIMモデルによっ
て構築することで、建物情報の集約と体系的な管理が可能となり、既存建物の現状を適正に把
握することができるようになる。
将来、文字通り総ての建物情報を現況BIMモデルに集約できれば、現地調査を行う必要はなく
なるだろう。しかし、現時点では現地調査は必要であり、全く省略することは難しい。とはい
え、現地調査前に建物情報を得ることの意味は大きく、事前に調査ポイントの絞り込みと調査
対象の抜け漏れを防止することで、現地における調査の時間と情報収集範囲の適正化を図るこ
とができる。
整備計画に基づく改修や模様替え、経年劣化に対応する既存建物の修繕や更改の設計を行う場
合、既存部分に工事箇所を変更する設計情報が追加される。設計情報には部位・機器の追加と
撤去があり、更に形状情報は変更されないが属性情報が変更される仕様変更といった情報の付
与も必要となる。この時、既存建物情報を設計情報の素材として使用可能であれば、設計情報
作成コストの低減と品質確保が実現される。
 
現況BIMモデルをライフサイクルBIMで活用する建物情報の中心だと位置づけると、現況BIM
モデルには建物の現在の状況を正確かつ効率的に把握するための情報参照と、既存建物に対す
る設計情報作成時の情報素材の役割があることがわかる。現況BIMモデルを建物に関わる総て
のステークホルダーで共有すべき建物情報と捉えると、建築生産の視点と運用・維持管理の視
点、更に建物オーナーやユーザーの視点によるモデル化が必要であることもわかる。これらの
ことからライフサイクルBIMにおける現況BIMモデルは、建築生産の視点による新築時の竣工
BIMモデルの流用ではなく、何故その建物が必要なのか、あるべき姿はどのようなものかを
様々なステークホルダーの視点からモデル化した建物情報となると考える。
一方、現況BIMモデルを構築する上で従来の建物情報に含まれない様々な情報を総て集約し、
一般論でのBIMモデルに統合することは現実的ではないだろう。形状情報に含めることが難し
い詳細な部位・機器情報は全天球画像や点群データで管理し、過去の工事や点検・診断結果は
履歴データとしてBIMモデルと連携する構成とした方が合理的である。BIMモデルを中心に
様々な情報を連携させる建物情報に新たな名称をつけるべきか、それらを包含した全体を現況
BIMモデルと呼ぶべきかを含め、さらなる検討と議論が必要だと思う。併せて、現況BIMモデ
ルを建築サービス提供側でしか使わない(使うことができない)情報とせず、建物オーナーや
ユーザーが自身の事業やアクティビティに活用できる建物のデジタルツインとすることが、
ライフサイクルBIMにおける現況BIMモデルの価値を上げ、同時にBIMの普及と一般化につな
がっていくものと考えている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ  技術本部 建築エンジニアリング部 担当課長