建築情報学会設立前夜
2020.12.03
パラメトリック・ボイス
東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗
この原稿を書いている2020年11月30日の夕刻、慶応義塾大学SFC・池田先生やnoiz・豊田氏
が中心となって進めてきた建築情報学会の設立総会が開催され、総会後間髪入れずに「 “建築
情報学” 生・誕・祭!!!」第1回「 “建築情報学(会)” には何ができるのか」を皮切りに、
学会設立+書籍出版記念オンラインイベントウィークがスタートする。筆者も書籍「建築情報
学へ」に寄稿したり、学会の設立発起人に名を連ね(設立総会で無事に承認されれば)理事と
してまずは2年間学会の運営に尽力させていただく予定であったりと、浅からぬ関係があるの
で、この日を迎えられたことはとても感慨深い。そんな日がこのコラムの締切と重なっている
ことにもちょっとした運命を感じている(もともとArchi Future 2020の開催日にはコラム執
筆をお声がけいただいていたものを、元来の遅筆ゆえズルズルと先延ばしにして締切日を迎え
てしまっているだけとも言える)。そこで、このコラムでは筆者なりに建築情報学会に期待し
ていることを書き連ねてみたいと思う。
自己紹介が遅くなったが、筆者は「環境シミュレーションを活用した建築設計の理論と実践」
をテーマに設計活動や大学での教育に携わっている。特に教育現場で学生と話をしていると、
環境シミュレーションをはじめとする情報技術の裾野を拡げることの重要性にいつも行き当た
る。(特に私に声を掛けてくれるような)多くの学生は環境シミュレーションツールに対する
興味は強く持っており、ちょっとしたキッカケをつくるとこちらも驚くほどに上手にツールを
使いこなしている。
では、キッカケは何かというと1つ目はツールを習得するための第一歩の手助けとなる教材の
提供、そして2つ目はツールをある程度習得した後に、それを建築設計に昇華させるための情
報(事例)の提供であると考えている。1つ目のキッカケに関連して、筆者らは
Rhinoceros+Grasshopperをプラットフォームとして使用する環境シミュレーションツール
のチュートリアルサイト「Building Environment Design.com」を運営している。簡単なシ
ミュレーションのチュートリアル動画やサンプルファイルを公開しており、ありがたいことに
登録者数も順調に増えている。ぜひ興味のある方はのぞいてみていただきたい。今後も建築情
報学会の活動の1つである「 “そだてる” 育成活動」とも連携を図りながら、より多くの方が
ツールを触り始めるキッカケづくりを続けていきたいと考えている。
一方で2つ目のキッカケについては、オープンにアクセスできる情報がなかなか少ないのが現
状である。既存の建築メディアにシミュレーション画像が掲載される事例は増えてきたが、多
くは完成形に対するシミュレーション結果であるため、どのように環境シミュレーションのた
めのモデル化がなされ、どのようなフィードバックが行われたのか、などのプロセスに関する
情報に触れる機会は多くはない。筆者としてはこのあたりを建築情報学会活動の「 “ふかめる”
学術活動」と「 “つなげる” 交流活動」と連携しながら情報提供の場をつくっていけないかと
考えている。もちろん、このツールの使い方やプロセスに関わるところは一種の“技術力”であ
り、簡単にはオープンにできない面があることも承知だが、「環境シミュレーション(やその
他の情報技術)を使ってこんなことをやってみた」といった、従来の建築メディアや論文シス
テムには引っ掛からなかった情報の受け皿を築くことができると、これまでとは少々異なる知
のアーカイブと還元を行うことができるアカデミアが誕生するのではないだろうか。環境シ
ミュレーションの分野では、熱負荷計算プログラムEnergyPlusや光環境シミュレーションプロ
グラムRadiance、あるいはこれらのシミュレーションプログラムのRhinoceros+Grasshopper
でのプラグインツールであるLadybug・Honeybeeなどいずれも世界で億単位のユーザーがい
るツールであるが、それぞれの開発者も参加したオンラインコミュニティでのやり取りが活発
で、そこでは日々解析エラーの相談やバグの報告、アドインとして開発したプログラムの紹介
が行われている。なんだか常に “β版” の更新をやり続けているようなライブ感があり、時間が
あるときに眺めているだけでも楽しいし、新たな発見がある。建築情報学会もそのようなやり
取りの場となることを期待したい。
10+1 websiteで特集「建築情報学へ」が組まれた2017年、あるいはそれ以前から学会設立を
迎える今日のために奔走されてきた方々には大変頭が下がる思いがする。そして、学会の順調
な船出を強く願っている。一方で、建築情報学会は産声を上げたばかりで、言ってみれば “β版”
の状態である。これからより多くの方が主体的に関わってライブ感のある組織に育っていって
ほしいと思う。このコラムを読んでいただいている方は、おそらく多少なりと建築情報学にも
興味のある方だと思うので、ぜひ建築情報学会への入会を前向きに検討していただき、一緒に
盛り上げていっていただきたい。