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コラム

【BIMの話】転生したらBIMマネージャだった件

2020.12.24

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

今やレジェンドたるゲームクリエイター遠藤雅伸氏は書籍『ゲーム学の新時代 遊戯の原理 AI
の野生 拡張するリアリティ』で以下のように書いています。
 
  (ゲーム内のキャラクターは)「それで防御力大丈夫?」みたいな服着てますが、だいた
  いの日本人ゲーマーは防御力の数値が5万とか書いてあれば、「あ、丈夫なのね」という
  ことで納得してしまう。パワーが2万と書いてあれば、女の子がビルをポンと叩いて崩れ
  ても「そうだよね」と納得できます。そういう非リアリズム的な世界観や題材が日本人は
  すごく好きなんですね。
 
『転生したらスライムだった件』などのいわゆる昨今の転生もの、正確には異世界転移ないし
転生系ライトノベルを見るたびに上記の話を思い出します。理屈はさておき、なんらかの事情
で、ある設定の世界に「いつのまにかいた」という事実をすんなり受け入れてサクッと物語に
入れる。私含め多くの読者はそういうものであるようです。

ジャンルとして確立するくらいなので説明はどんどん端折られて、物語はどんどん唐突に始ま
るようになってゆき、開始早々トラックに撥ねられて起きたら異世界だったりします。←この
一文はそれだけ取り出すと狂気すら感じる日本語ですが、実際そういうふうにテンプレ化して
いるところにある種すごみがあります。『父は英雄、母は精霊、 娘の私は転生者。』のコミ
カライズに至っては絵すらなく「さっぱり覚えていない、倒れたのかもしれない」の一文で
あっさり済まされていて、とにかくチートモードでイベントをバッサバッサとなぎ倒していく
爽快感を早々に味わえる感じは非常に現代的だと思います。

さて、少し話は変わって、美術手帖 2020年8月号 特集 ゲーム×アートでメディアアーティ
ストの谷口暁彦氏はこう語ります。
 
  これはRPGに関してアーティストの山形一生さんが言っていたことなんですが、ゲームの
  なかの世界って基本的には悲劇しか起きない。プレイすることで悲劇が起きるし、悲劇に
  よってプレイが根拠づけられる。さらに、コンピュータの中で行われる物理シミュレー
  ションは破壊を扱うものが多い。―(中略)―現実の世界でも、たとえば建築では構造物
  がどのくらい力をかけたら壊れるかという、破壊のシミュレーションや、災害時の被害想
  定のためのシミュレーションを行う。つまり、シミュレーションとは、現実世界の悲劇を
  なるべく減らすため、悲劇を先取りして何度も行われる予行演習なんですよね。
 
建築界隈の人々にとって、ゲーム由来の技術は建築のツールセットの一部になったと昨今感じ
られているように思います。たとえば51WorldがUnreal Engineで作成した上海市全体のデジ
タルツイン
などは、ゲームで培われたフォトリアルでリアルタイムな表現技術なくしては決し
て可能にならない世界です。本当に現実の世界の3次元要素が手にとるように存在するという
感覚は、すでにここ10年近く進化してきた3Dデジタルマップとまた異なる情報密度と可能性
とリンクしています。

そう考えてゆくと、ゲームと建築はより近しい関係になれるのではないか、という自然な発想
が生まれます。それについてここ一年半ほど考えてきました。

建築物や都市がリアルであればあるほど価値のあるゲームタイトルというものも存在します。
マインクラフトやシムシティーなどはわかりやすく、それ自体をテーマに含むゲームです。
電車でGO!やフライトシミュレータなどはまた別な好例で、いかに路線沿線や自分の街が忠
実に再現されているかはゲームの質そのものにかかわります。Watch Dogsのような実空間を
テーマにしたゲームでもランドマークの再現などは重要です。時代考証の一部として正確な建
築表現を求めたりするものもあるかもしれません。

と、このように可能性は感じますが、これらは残念ながらゲーム全体から見れば限られたタイ
トルにすぎません。ダンジョンはリアルな組積造の方がよいのか。ディテールを美しく再現し
たらゲームは面白くなるか。そもそもキャラクターが人間の筋力と物理法則に従った挙動しか
できなくて楽しいか。過去にはキャラクターのジャンプ力が弱すぎてクソゲー扱いされたゲー
ムもあったほどです。どれも「面白くなるならどうでもいい」ことでしょう。

ゲームは本質的に何らかの楽しみのために(楽しみをたいへん優先して)作られているが、建
築を建築として作ろうと思った場合にはあまりそうできません。物性や法規、経済条件などか
ら作りたくても作れないものはたくさんあり、なんらかの方法で折り合いをつけて作られるの
が実在の建築です。実務を経験すれば、抜きたくても抜けない柱、つけたくないのに必要な
シャッターポール、入れないとあとで大変なことになる目地……など、向き合わなければなら
ない現実がたくさんありますが、ゲームは違う。面白さのためには柱なんていらないし、防火
区画なんてなくても魔法で火は消え目地どころかワンパンチで建物が粉々になったりします。

じゃあダメじゃないか、ゲームでリアルな建築なんか追求しても邪魔なだけだし、建築はゲー
ムみたいに気楽に作れない。それはある意味においてまあ、その通りです。

しかしだからといって何か考えずにもいられない。先程のように、リアルとバーチャル空間の
併存など問うまでもなく技術は成長しています。バーチャルな世界が存在し、そこに数多くの
活動があり、それはリアルに影響を強く及ぼしながら併存していることを否定する人はあまり
いないでしょう。ゲーム以前にファンタジーとはそういうものだからです。実大のガンダムを
作る。ドラえもんのひみつ道具を作る。鬼滅の刃のコスプレをする。なんでもかまいませんが
ァンタジーは現実に生きる私たちに読まれ、そこに何かを残します。そしてそれは私たちの行
動に影響するのです。異なる世界を通じて何かを獲得したあと自分の世界に立ち戻ってくる。
これは実はファンタジーの王道中の王道、英雄伝説の手法です。

ーゼフ・キンベル『千の顔を持つ英雄』はージ・ルーカスがスターウーズ3部作
にその構造を適用したことでも有名になりました。セパレーション(旅立ち)、イニシエー
ション(通過儀礼)リターン(帰還)という構成は数々の神話における英雄伝説に共通する
というものです。英雄は危険を犯して遠くに出かけそこで超人的な力と遭遇して勝利を収め
その世界から日常に帰還する。考えてみれば桃太郎も千と千尋の神隠しも、くまクマ熊ベアー
も(完結してませんが)NiziUも(アイドルですがたぶん)同じ構成をたどるわけです。

そうした神話は、では何のためにあるのか。松岡正剛氏のブログでまとめられているものを引
用すれば、
 
①存在の神秘を畏怖に高める力
②宇宙像によって知のしくみをまとめる力
③社会の秩序を支持し、共同体の個人を連動させる力
④人間の精神的豊かさに背景を与える力
 
となります。物語という形によって人はこれらを理解し、共有し、さらには楽しむことがで
きる。

建築には物語が必要です。卒業制作であんなことが起こる、こんなことがあったらいい、と
様々に考えることと実際に自分が作るものとの乖離に誰しも悩まされると思います。それでも
物語しかないのです。そして物語は、物語を作るということでしか鍛えられない。
 
今年は書籍「建築情報学へ」の編集・執筆に関わり、いつもと違う形で「書く」ということに
取り組みました。書籍、論文、コラム、報告書。それぞれ特段、ファンタジーないし物語とい
うことはありません。しかしやはり、書くということは大変で、書く力は書かなければ身につ
かない。そしてその書く力は、ファンタジーを考えるということとも密接に関係しています。

私がいま、この年の瀬にぼんやりと考えていることは、そのファンタジー、英雄伝説とBIMや
コンピュテーショナルデザインは似ているということです。それらを外から見れば、何かすご
いことが起こっている、そういう世界の舞台が目に映ることでしょう。しかし、そこに旅立っ
て何かをしている主人公にとってみればそうではない。何かと戦っているなり逃げているなり
まあ必死であるわけで命からがら帰ってきてやっと何かが語れる。そんなものだと思います。

BIMのメリットやコンピュテーショナルスキルとはなにか、色々考えますが、「それを使って
仕事ができたら自分が強くなったという感覚を持てるもの」という話を抜きにはできない。自
分がそのスキルで課題を解決する。そうなると必要な情報はたくさんあります。問題をモンス
ターに例えるならば、このモンスターは強いのか、弱いのか?どんな属性を持っていて、何と
似ているのか。倒してそれでおしまいなのか、第二形態はないのか?そこには思考法がいくつ
かあり、解法があり、解けた問題をさらに大きく扱うためのルールがある。

「建築情報学へ」の第2章 第11講~15講を通じて、ああ私はそういうことを書きたかったの
だな、と、これは嘘偽りなく、この文章を書いているいま、ようやく気づいた次第です。構造
化されたものを見たい、という方にはいろいろご不満もあるでしょう。しかし、自分で道具を
手懐けてスキルアップしようという方には、ややハードモードめの設定ながら、経験値は多め
に得られる設定になっているんじゃないでしょうか。なんて、狙いすました物言いは空振りし
たときに恥ずかしいですが、こういうことを書き残してでも、読まれた方がはたしてどんな感
想をお持ちになるのか、早く知りたくてたまらない!というのが非常に正直な心持ちです。

ちなみにゲームと建築についてはスクウェア・エニックスの水野勇太さんがメタAIを切り口
に、また没入空間とリアルの関係性についてはH2L 玉城絵美さんがデジタル・エシックスと
してご執筆されていますので、上記の私のお話をちょっとした導入部としてぜひお読みいただ
きたいとも思っています。
 
…………だめだ、宣伝が止まりません。
 
なぜなのでしょう。書き始めたときはそんなつもりはなかったのに。ああ、でも!他にもあの
方の話もこの方の話にも是非触れておきたいのに!ここで書いてもあれなので、是非買って読
んでみてください!
 
いかん!記事広告みたいになってしもうた!

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授