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コラム

大規模建築と環境

2021.06.29

パラメトリック・ボイス
                 明治大学 / 川島範久建築設計事務所 川島 範久


大学院修了後、組織設計事務所である日建設計に入社し、担当作品として初めて実現したのが
都心の大規模超高層ビル『ソニーシティ大崎(現・NBF大崎ビル)』だった。前回のコラム
も紹介したように、大学院では戸建住宅である『箱の家』における環境・エネルギー制御を
テーマに研究していたので、建築サイズの大幅なスケールアップに面食らったのをよく覚えて
いる。戸建住宅のサイズにおいては外部環境の影響を建築の外皮や空間構成の工夫で調整し、
快適な内部環境を省エネで実現するといった所謂パッシブデザインがテーマだった。しかし、
大規模ビルでは、同様に外皮の工夫によって窓際空間の環境は快適・省エネにできるが、その
効果が及ぶ範囲は全体のわずか一部なのだ。そのため、外皮の工夫による省エネ効果は、大き
な割合を占める内部空間の環境制御をする機械設備の高効率化と比べれば、微々たるものとな
る。ファサードデザインをどれだけ頑張っても、奥には自然光は届きようがない。自然換気に
は限度があるし、高層階では強風で窓を開けられないことが多い。まさに、レム・コールハー
スが著作S, M, L, XL』(Monacelli Press1998における論文「Bigness or the Problem
of Large」で指摘したことを実感することになったわけだ。
 
一方、大きな建築は外部環境に与える影響が大きい。大きな影を落とすことになり、ガラス面
は反射光害も起こすビル風も起こせばヒートアイランド現象も増長するだから大規模
高層ビルを建設する際は環境アセスメントが求められるわけだが、ここで、内部環境だけでな
く外部環境も快適にできるような(せめて外部に悪影響を与えないような)建築計画や外皮の
在り方を考える、といった視点を得た。
 
具体的には、都市で深刻化するヒートアイランド現象を抑制すべく、まずは建築の形状・配置
を考えた。東京においてヒートアイランド現象を抑制するには、冷熱源である東京湾からの風
をせき止めることなく後背地に風を受け渡すことがまず重要であるため、南からの風に対する
見付け面積の小さい建物形状とした。一方、周辺に空地を設け、そこに大規模な高層ビルを建
てるとビル風が発生するという問題も同時に起こる。そこで、建物周囲に樹木を植えるだけで
なく、バルコニーやルーバーを設けたり、コア形状を凸凹にするなどして、ビル風を弱めるこ
とができる工夫をした。次にファサードデザイン。東面ファサードのルーバーの素材を高保水
性テラコッタ(陶器)とし、屋上に降った雨水を、地下タンクでろ過し、南面に設置した太陽
光パネルで発電したエネルギーでポンプアップし、テラコッタチューブ内に通すことで、ルー
バー表面から水が蒸発し、その気化冷却によって周辺を冷やすことができる「バイオスキン」
というファサードシステムを開発・導入した。西側コアの外装としては、建物背後に広がる集
合住宅やホテル、戸建て住宅群に対する反射光害を抑えるべく、まずはガラス面の量を最小限
に絞り、壁面は反射率の低い塗装とした。その上で、ガラス面をセットバックすることで得ら
れる日射遮蔽効果を最大化するべく、ガラス面をスリット状に、かつランダムに配置する計画
とした。

以上のようなプロセスにおいて、環境シミュレーションの存在は大きな役割を果たした。特に
「バイオスキン」という、これまでにない新しいファサードシステムを大規模に展開した際の
効果は、施主だけでなく設計者にとっても未知だった。そこでまずはテストピースで部分モッ
クアップをつくり、環境実測によって収集した性能のデータをもとに、環境シミュレーション
を行うことによって、その効果を予測・可視化したことが、このシステムの開発・採用・実現
を後押しした。
 
また、室内環境を少ないエネルギーで快適にすることだけではなく、「環境=とりまくもの」
全てについて配慮することが「環境デザイン」に求められることであり、特に大規模な建築で
はそのような外部の都市環境への配慮が求められ、それに対して建築にできることがある、と
いうことを学んだことは、私のその後の設計スタンスに大きな影響を与えた。

 NBF 大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)撮影=雁光舎
 設計:日建設計/山梨知彦+羽鳥達也+石原嘉人+川島範久
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元の日建設計のWebサイトへリンク
  します。

 NBF 大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)撮影=雁光舎
 設計:日建設計/山梨知彦+羽鳥達也+石原嘉人+川島範久
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元の日建設計のWebサイトへリンク
  します。

川島 範久 氏

明治大学 理工学部建築学科 准教授 / 川島範久建築設計事務所 代表