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コラム

【BIMの話】心おちつく住所

2021.10.19

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰


部屋や机が散らかっていると指摘された人の言い分は「しかし私にはどこに何があるか完璧に
理解している」というものだったりします。私もそうでした。捨てていいものなどなかったし、
片付けることより大事なことは数え切れないくらいあったので、部屋を片付ける優先順位は上
がらないままでした。今になってやっと整理整頓しておくことを自分ごととして考えられるよ
うになったくらいのものです。

ある程度オッサンになるといろいろ仕事が増え、集中しないと終わらなくなり、かつ終わらな
いとどのくらいまずいのかをよく知ってしまっているので、なるべく心を落ち着かせて仕事を
片付けたいと思うようになり、体力の衰えを補うような形で整理を始める。主観としてなんと
なくそんな感じがします。梅棹忠夫『知的生産の技術』の一節が思い起こされます。
 
  知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつ
  くることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといってい
  いだろう。精神の層流状態を確保する技術だといってもいい。努力によってえられるもの
  は、精神の安静なのである。

 
現代にも通ずる洞察が多く紹介されておりながら全体を通じて心穏やかな語り口が印象深い同
著の中に、こんな一節があります。
 
  整理というのは、ちらばっているものを目ざわりにならないように、きれいにかたづける
  ことではない。それはむしろ整頓というべきだろう。ものごとがよく整理されているとい
  うのは、みた目にはともかく、必要なものが必要なときにすぐ取り出せるようになってい
  る、ということだとおもう。

 
  整理は、機能の秩序の問題であり、整頓は、形式の秩序の問題である。やってみると、整
  頓より整理のほうが、だいぶんむつかしい。たとえば、書斎のなかをきれいに整頓するこ
  とは女中でもできるが、整理することは主人でないとできない。

 
女中と主人という関係性を忘れて今日的に解釈すれば、整頓することはデータサイエンティス
トができるが、整理することにはドメイン知識が必要なので専門領域の人にしかできない、と
いうことのようにも思えます。

ここでいう整頓は、データでいえばクレンジングのような作業をイメージします。データを大
量に集め、その中で重複したデータを排除したり、処置できる空の値を補ったり、あるいは一
貫性を保つために全角・半角などの表記や単位を統一したりなどがその例です。しかし、その
データのどれが重要なのか、複数あるデータを統合してよいのかいけないのか、というような
判断は、「必要なときにすぐ取り出せる」の「必要なとき」とはいつか、がわかっている人に
しかできません。

この二者の間の線引きはどこでなされるのか、ということは必ずしも自明ではありません。そ
もそも関係者が二者とは限りません。意匠設計者は設備の細かい情報まではわかりかねますし、
逆も同様です。考えているうちに収拾がつかなくなって「とりあえずなんにでも使えるように
しといてよ」と言いたくなりますが、それはBIMモデルも含むデータベース構築の発注で一番
やってはいけない指定の仕方です(言いたい気持ちは痛いほどわかりますが)。

そもそも、これは常識的だろうと思われるような一般的な事項の中にも、よくよく見ると様々
なイレギュラーが発生していることがあります。情報処理の大変さは、概ね「明確なパターン
から外れる例外処理の量と質」によって決まるように思われます。ここは大丈夫だろう、と
思っているところでつまづくと全体の道のりが途方もなく長く感じられるものです。そのよう
な例で私が思いつくのは建物の基本中の基本と思われる「住所」です。

確認申請を担当されたことのある方や、工事看板の取り付けを経験したことのある方は、プロ
ジェクトの建築地、いわゆる住所には地番と住居表示の両方が存在することをご存知でしょう。
地番は不動産登記に用いられるもの、住居表示は建物につけられたものです。住居表示未実施
地域というものも珍しくなく、その場合は地番が用いられます。しかし地番と住居表示の見た
目がかなり異なるケースもあったりして、これを深く考えるとだんだん沼にはまっていきます。

私がはじめて担当したプロジクトは土地区画整理法による地区計画がベスにあたので様
な敷地の付替えを行っており、住居表示は「東京都○○区○○三丁目xx-xx」と見慣れた標記
だったのが、地名地番では「東京都○○区○○三丁目××番……△△番および区道□□号……」
などとなり、経験のなかった当時の私は「こんな枠に書ききれないような情報で本当に申請受
け付けてもらえるんだろうか」などと妙に不安に思ったりしたものでした。

その次のプロジェクトでは、建築基準法第44条に定める道路内の建築制限の許可というのを受
けたため、建物を道路の中に作る計画でそもそも敷地というものがありませんでした(道路と
敷地は概ね対になる概念です)。建物に住居表示はない「無番地」、地番は○丁目××番地先、
となりました。また別のプロジェクトでは、こんどは工事期間中に町名の方が変わり、それに
伴って住所の方を変更する変更申請というものが生じました。町名変更はまあまあレアケース
ですが、基礎自治体の合併などがあると住所も必然的に変わります。過去の建築物の情報を地
図上にプロットしようとしたら住所自体がもう変わっていたというケースはあって、現住所に
読み替える必要が生じます。

そもそもこの住居表示、よく考えると書き方自体が多様です。たとえば私の勤める竹中工務店
東京本店の住所は東京都江東区新砂一丁目1−1です。この「新砂一丁目」は一般に、この漢
数字で書かれたひとまとまりが固有名詞であるとされています。つまりこれを新砂1丁目と書
くことは、北島3郎とかハチミツ2郎などと書くようなものだ、ということになります。しか
し一般には上記住所は江東区新砂1-1-1などと表記され、これも誤りとはされません。公
的手続きであっても上記を1丁目と書いてもよい、とするほうが一般的であると思われます
(さらにややこしいことに「漢数字ではないのが正しい丁目表記」というものも一部地域には
存在していて、これはもう一言で説明することは完全に不可能です。詳しくはこちら)。

これはデータの面から考えるとそこそこ大きな問題です。当然ですが、算用数字と漢数字は
「文字としては別物」です。じゃあ漢数字を全部算用数字に変換して統一してしまえばいい
じゃない、と一瞬思いますが、そのハチミツ2郎方式をとると三重県が3重県になったり、
99里町が1000葉県にあったりして気持ち悪いことこの上ありません。

このあたりのデータフローを自作しようとすると問題の根深さが見え始めます。一貫性のある
データに変換しないと、この底なし沼のような例外処理から抜け出せません。そこでこの住所
を緯度経度などの情報に変換するジオコーディングの出番です。国土交通省でもデータを配布
していますし、無料で利用できる環境も複数存在します。全国レベルのマッピングなら郵便番
号で代用することも十分現実的でしょう。

じゃあもう全部緯度経度にしちゃえばいいじゃん、とこれまた思うわけですが、そうなると今
度は人が見てもよくわからない情報になります。そもそも住居表示の大きな目的の一つは郵便
配達の効率化であり、郵便配達員にとってわかりやすい、構造化された情報を作ることが目的
でしたので、人が読むには(まだしも)住所のほうが向いています。座標値では点なので領域
指定も面倒です。「千葉県全域」をチーバくんの形のポリゴンで指定することを考えると気が
遠くなります。そもそも敷地境界というもの自体、ピタッと決まらないケースはたくさんあり
ます(が、この具体例を挙げはじめるとコラムが終わらなくなるのでまたの機会に)。

そんなわけで、建物の位置情報をどのように記録し、または取得するかのような話でも「こう
しとけば絶対大丈夫」のような整理方法は存在せず、したがって住所に関しては精神の安静は
まだ遠いということにならざるを得ません。データと格闘する私は「こんなに例外ばっかりの
データどうしてくれようか」などと思っているのに、逆に日本や世界の変な境界線や飛び地ば
かり集めたサイトは興味深くて大好きで、あれこれ読み漁ったりもしており、それもまた私で
す。そもそもどちらも作ったのは人間であり、人間のすることといえばまあそんなものだ、と
も言えそうではあるのですが、さすがにオッサンすぎるので全体を通じてとりあえず結論は保
留、としておきたいと思います。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授