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コラム

環境シミュレーション活用の「御作法」

2021.10.21

パラメトリック・ボイス
                     東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗


設計時の環境シミュレーション活用への期待が大きく高まっている。最近ではどのプロポーザ
ルにおいても、公開された提案資料のどこかにはシミュレーションの結果がレイアウトされて
いて、正直「この建築家まで・・・?!」と驚くことも少なくない。筆者も環境シミュレーショ
ンのレクチャーをさせていただく機会が増えてきているが、そのような場で「実際にプロジェ
クトの中で環境シミュレーションがどのように活用されているのか、いまいちイメージできな
い」という話もよく聞くようになった。たしかにこのようなレクチャーの場では時間の限りも
あるので、比較的単純なモデルを用いてシミュレーションツールの操作方法を習得してもらう
ことに専念することが多い。すると、シミュレーションツールは何となく使えるようになった
けれど、実プロジェクトにどのように展開すればよいかわからない、という感想を持つことは
至極当然である。正直なところ、シミュレーションツールを習得することのハードルと同等、
いやそれ以上にシミュレーションを効果的に実プロジェクトで活用することのハードルの方が
高いと筆者は考えているので、よくレクチャーの場でも「これでようやく皆さんはスタート地
点に立ったので、ここからは皆さん個々の勝負です。がんばってください」という話をするの
だがそれでは身も蓋もないそこでこの2つ目のハードルの飛び越え方のヒントを散りばめ
たような雑誌の特集をつくってみよう、ということで月刊建築技術2021年11月号の特集
「ケーススタディで知る環境建築の設計手法」の監修をさせていただいた。
 
この特集では小泉アトリエ小泉雅生氏ARUP荻原廣高氏清野新氏SUEP・末光弘和氏、
川島範久建築設計事務所・川島範久氏、竹中工務店・伊勢田元氏・・・と筆者が思いつくほぼ
ほぼベストメンバーの方々に、実プロジェクトにおける環境シミュレーション活用のプロセス
を紹介していただいている。こちらからの注文はただ1つ通常メデアに掲載されるような最
終形の環境シミュレーション結果だけでなく、設計プロセスの中で模型を切ったり貼ったりす
るように、環境シミュレーションをどのように泥臭く使っているかの生の姿をそのまま紹介し
てほしい、ということだけをリクエストしたが、おかげさまで執筆者の皆様には特集の意図を
よく汲み取っていただき、環境シミュレーションを交えた設計の紆余曲折を余すことなく掲載
していただいたよく知ったプロジクトでもこれまでに見たことのない環境シミュレーショ
ン画像が載っており、筆者も大変楽しくそれぞれの記事を拝読した。
 
ときに、環境シミュレーションを活用することによって全く新しい建築の提案が生まれてくる
ことに期待する声を聞くことがあるが、残念ながら環境シミュレーションは見たことのない新
しい建築形態を生み出してくれる「魔法の杖」ではない。では、環境シミュレーション活用は
どのようなメリットを設計行為にもたらしてくれるのか。それは、建築設計における意思決定
を体系的・論理的に補助してくれ、ときにはその意思決定の幅を拡張してくれることにあるの
ではないだろうか。よく「環境シミュレーション活用の正しいプロセスを教えてほしい」とい
うリクエストをいただくこともあるが、筆者は唯一の正しいプロセスというのは存在しないと
考えている。というか、設計プロセス自体が多種多様化している中で、環境シミュレーション
活用だけが画一化したプロセスで設計行為の脇を固めるのは不可能である。とはいえ、先述し
た環境シミュレーション活用の効能をより効果的に享受するためには、「御作法」とも呼ぶべ
きエッセンスは知っておく必要があると思う。環境シミュレーションにちょっとでも興味を
持っているという方には、本特集に寄稿していただいた多くのプロジェクトを通じて、是非そ
の「御作法」に触れてみていただきたい。

谷口 景一朗 氏

東京大学大学院 特任准教授 / スタジオノラ 共同主宰