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コラム

サンプリングと訴訟とテクノロジー

2015.04.17

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

ヒップホップ界の大スター、Jay-Zのサンプリングに関する大きな訴訟の判決がいよいよ
出るというニュースが流れてきた。
60年代のエジプトのヒット曲を無断でサンプリングして使ったということで、オリジナルの
作曲者の家族にブラックミュージック界のドン、Jay-Zが訴えられているという構図らしい。
判決はこれからだし詳細をよく知っているわけではないけれど(一応何もせずに勝手に使っ
たというわけではもちろんなくて、許可を取ったはずのエジプトのエージェントが実は権利
持ってなくて云々ということらしい)、ヒップホップをはじめとした音楽の、特にDJカルチ
ャーにはサンプリングやリミックス、それらに関わるクリエーションという興味深い問題が
常に付きまとう。クラシック音楽も演奏ごとに表現としては異なる一回性の高いものだし、
そもそも物理的なモノでありえない点で音楽は、特にデータとして流通するようになって
以降本質的に価値の構造が変わっていることは、Spotifyなどの例を挙げるまでもない。

この辺の、とくにデジタル技術やインターネットが不可欠な構造基盤になった音楽業界や
デジタル表現の世界が経験しつつある変化というのは、実は建築の世界にとってもとても示唆
的で、おそらく建築界が今後20年をかけて経て経験する変化を、音楽業界は90年代から先行
体験してきている。Max/MSPに始まるビジュアルコーディングの流行と廃れに続いて、最近
あらためてガチなコーディングと併用する簡易なスケッチブックとしてのMax/MSPの再評価
など、おそらく建築界が今後経験するであろうビジュアルコーディングとプログラミングの
動きをかなりの程度示してくれている。

工業デザインのインターネットを前提としたジェネラティブな、カスタマイズ可能なデザイン
とファブリケーションを再構成する動きなども、まさにサンプリングやリミックスなどで音楽
業界が経てきた法的、商業的な価値を問い直す動きを分析することで、いろいろと可能性も
問題点も見えてくるはずだ。ただ、どうにも建築界は音楽界よりも圧倒的に重厚長大で安定
していて、変化への圧力は感じることなく過ごせるらしい。
世界が間違いなく大きな変化に両足を突っ込みつつある中で、参考にできる多様な分野が
周囲に十分ある環境で、日本の建築業界がどこまでそれを活かせるのか興味を持って眺めて
いる。なんか他人事みたいだけれど。

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー