Magazine(マガジン)

コラム

BuildingノInformationヲModellingセシム

2016.03.08

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

あなたの名前は長くて覚えづらい、と時々言われます。たしかに日本語・中国語圏以外の人に
とって、私の名前は漢字3文字でなくアルファベット15文字です。そのうえ似た名前の人も確
かにいるのでますますわかりづらい。

日本語は子音+母音を対にした開音節言語的特徴を強く有すため、音節(モーラ)単位で思考
しますが、日本語話者が「一音」と思っているものは実際にはアルファベット1~3文字に相当
します。それが理由なのか、日本語は世界一早口の言葉であるという研究結果があり、平均し
て我々が同じ時間の中に発する音節の数は英語より26%中国語より51%も多いのだそうで
す*1。実際に日本人同士の会話はとても早く聞こえると指摘されることもあります。

別な見方をすると、これは日本人にとってカタカナ語が覚えにくいことの理由にもなります。
例えば英語版のRevitを使っていると、モデルの作者がその所有権を手放すという意味の
relinquishという単語に頻繁に出会います。日常よく使う語とは言えませんがre・lin・quish
の3音節で特段長い単語ではありません。ところがこれをカタカナで理解するとリリンクウィッ
シュという7音節の単語になり、ちょっと覚えられそうにありません。そんなの「放棄する」
でいいじゃない、と考えたくなります。

ソフトウエアをローカライズして日本語版を作る際、限られたスペースと自然な表現のせめぎ
あいの中で翻訳作業が進められていることは想像に難くなく、その中に部分的にアルファベッ
トが入ってくるとなんだか翻訳が不完全のように見えるという事情もあるでしょう。しかし日
本語版を使うことで損をすることもあるのです。

「Autodesk Revit 所有権 放棄」でGoogle ウェブ検索すると結果は384件ですが、
「Autodesk Revit relinquish ownership」は6,250件です。手に入る情報量が一桁は違うの
です。さらに英文記事だけでなく、YouTubeやVimeoのような、視覚的にわかりやすい素材に
もきわめて辿り着きづらくなります。先ほどのキーワードで動画検索をすると、英語では
1,570件もの操作説明関連の動画がヒットしますが、日本語のクエリでは(なぜかFF11の実況
が1件引っかかるだけで)Revitに関係したものは皆無です。

ソフトウエアを使いはじめるのに、まず講習を受けたり本を読んだりしてから始めたいと思う
人は多いのですが、それでも実務上では実に多くの「教科書に載っていない」問題に遭遇し、
つねに解決法をあちこち探す必要に迫られます。当然最も早いのは検索して類似のケースを探
すことですが、この時に英語コマンド名がわからないと手に入る情報が極端に減るのです。こ
れは英語版ソフトでどう命名されたかの問題なので、翻訳ツールを使っても完璧にはいかない
分野です。

このように考えていくと、どこでも英語版のソフトウエアをそのまま使えば良いのではないか
という考えに至ります。タイでBIMコンサルタントを務める知人のタイ人は(彼のフルネーム
は私にとって長くて覚えづらかったりするのですが、音節数を数えると私と同じです)、上記
の理由からタイ語版を使わずに英語版を使っています。参考資料がほとんど英語だから、タイ
語に訳されたソフトを使うと逆にわからなくなるとのこと。

海外の知識を逐一翻訳することなく日本語文化に取り入れる…。そう考えると昔習った漢文を
思い出します。外国語文法の壁を乗り越えるための大いなる知恵です。ひょっとして同じこと
が英語でも……と思って調べてみたら、ありました。明治時代、漢文の要領を英語にあてはめ
た英文訓読と呼ばれる方法論がそれで蘭学学習の為の蘭文訓読も存在しました*2。単語は直
接日本語の意味で把握し、返り点を駆使して書き下し文を作るのです。

Harry, will you come out with me to fly my kite? →ハールィーよ、汝(なんじ)は私の凧
を飛ばす可(べ)く私と共に外に来るであろうか*3

一瞬ちょっとびっくりしますが、よく考えれば私はこの方法で英語の授業を受けていました。
汝とは言わなかったにせよ「逐語訳」とはこの種のメソッドのことで、多かれ少なかれこの方
法で文意は理解できるわけです。

シンガポールで使われている英語はシングリッシュと呼ばれ、独特の訛りや単純化された時制
などが有名ですが“Can or not?”など、中国語がその文法のまま英語になったフレーズもよく
耳にします(ちなみに、上記への答えは“Can!”です)。インフォーマルながら日常的には広く
使われていて、これが多用されているSMSは読むのに少々慣れが要ります。しかしこれが機能
しているということは、ソフトウエアの中の用語と基本的ないくらかの単語でも英語としてか
ろうじて意味をなしてくれるのではないか、という妄想に繋がっていきます。

私としては早くそうなってほしい。そうなれば、「このwallのattributeにvalueをpushして…」
という日本語でも受け入れてもらえ、私の悩みが一つ減るかもしれないからです。


*1  Why Do Japanese People Talk So Fast?
*2  英文訓読が拓いたもの
*3  訓読法とは直訳法である

    前野良沢による「蘭化亭訳文式」というオランダ語の翻訳法、1785年*2

    前野良沢による「蘭化亭訳文式」というオランダ語の翻訳法、1785年*2