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コラム

建築BIMの時代31 BIMと感覚的な情報

2025.01.30

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

腕組みをしていただきたい。右腕が上になる人と、左腕が上になる人がいらっしゃると思う。
次に手を組んでいただきたい。右手の親指が上に来る人と、左手の親指が上に来る人がいらっ
しゃると思う。私は右腕が上、左手の親指が上である。左腕を上にして腕組みしたり、右手の
親指が上になるように手を組んだ時の違和感は半端ではなく、私は常に右腕を上にして腕組み
し、左手の親指が上になるよう手を組んでいることが分かる。癖のようなものだと思う。昔、
建築学会の情報シンポ(情報・システム・利用・技術シンポジウム)の講演で、講師の方がア
イスブレイクのような感じで紹介していただいたものである。腕組みをした時に、右腕が上に
来る人は論理的なインプット(見たり、聞いたり、読んだりすること)を好み、左腕が上に来
る人は感覚的なインプットを好む、右手の親指が上に来る人は論理的なアウトプット(書く、
説明する等)になりがちで、左手の親指が上に来る人は感覚的なアウトプットになりがちだと
説明があった。左腕・左手は右脳につながり、右腕・右手は左脳につながっていると考えると
何となく分かりやすいでしょうというお話だった。講師の方も他の方から聞いた話なので、正
しいという保証はどこにもないとおっしゃっていた。
私自身に当てはめると、小説でも芥川賞受賞作よりも直木賞受賞作を好み、ドラマよりもノン
フィクションを好むので、あながち間違っていないような気がする。また、毎回のコラムも全
く理路整然としていないことは自覚しており、アウトプットの面でも正しそうである。血液型
による性格判断のようなもので、科学的に正しくないが話としては面白いと思っていただけれ
ば有難い。

BIMモデルは論理的な情報を扱うことを得意としていると思う。建築を構成する部位や部材の
位置や寸法は数値として表現できるし、部位や部材の関係性の多くも論理的に説明できる。ま
た位置や寸法以外の属性情報も数値や文字の値として記述できる。BIMモデルが持つこの特質
が、建築に関わる様々な職能の人たちが情報共有するための素地となっている。BIMの活用が
求められているのもそのためである。理屈はそうだが、現実にはさまざまな障害があり、まだ
理想が実現していないのが現状である。国土交通省を筆頭に関係する学術・研究組織や企業、
団体の皆さんが、建築生産段階(設計と施工)でのBIMの課題解決に取り組みその成果が蓄積
されている。BIMが当たり前になっている日がやってくることを期待している。

一方、BIMモデルは感覚的な情報を扱うことは得意でない。感覚的な情報の定義もしていない
ことで話を進めるのもいかがなものかと思うが、お許しいただきたい(左手の親指が上に来て
いることの証です)。BIMだけではなく図面や建築を表現するモデル全般が、感覚的な情報を
扱うことが得意でない。今後、AIが発展し、あわせて脳の解明が進み映画の「ブレインストー
ム」で描かれているようなことが実現するのであれば、建築の感覚的な情報を記述することが
可能になるかもしれない。
その前段階として、もっと卑近なBIMの課題があると思っている。建築の計画段階や設計段階
の思考の過程や決定の根拠がBIMのモデルと結びついていないことである。BIMモデルを使っ
た干渉チェックや施工シミュレーションのフィードバックとして、BIMモデルが修正された場
合はCDEが利用されていれば記録として残すことは可能であるが、もっと早い段階、発注者や
コンサルタントと設計者がいろいろ議論し、設計案を作っていく段階での思考のプロセスは、
今のところBIMとは無縁であると思っている。特に欧米のブリーフィングやプログラミングの
情報がBIMモデルと関連させる手法がない。誰か頭のいい人に考えてほしいと思っている。

年末から年始にかけて、藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」を10年ぶりに2回も読み返して
しまった。私自身は三屋清左衛門のような立場ではないが、身の処し方の参考になった。それ
以上にすがすがしい生き方に、安らかな心地よさを感じることができたことが有難かった。

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長