BIMは共通認識の質を高めるコミュニケーション
手法の一つ
2025.06.03
ArchiFuture's Eye 竹中工務店 山崎裕昭
初めまして、竹中工務店の山崎と申します。今秋開催予定のArchi Future 2025の実行委員会
の1人として参加させていただくことになり、それに伴い、こちらのコラムにて執筆させてい
ただくという貴重な機会をいただきました。
簡単に自己紹介をします。私は、2020年まで作業所での建築施工管理をしていました。BIM
の世界に触れ始めたのは2016年頃で、かれこれ9年になります。現在は、本社で、アジャイ
ルソフトウェア開発やリーンコンストラクションなど、BIMやデジタルに限らないさまざまな
ことを探究しており、心理的安全性が確保されたプロジェクトチームとそこに所属するそれぞ
れの人が活きる、より良い建設業の実現を目指しています。今回は初回なので、まずはBIMに
近い話を書きたいと思います。
BIMは共通認識の質を高めるコミュニケーションツール
みなさんにとって、BIMはどのような存在でしょうか?干渉チェックやデザインレビュー、数
量算出、図面の切り出し、製作図作成。BIMの活用方法は多岐にわたります。私にとっての
BIMは「共通認識の質を高めるコミュニケーション手法の一つ」です。それを強く感じ始めた
のは、6年前に私が配属されていたプロジェクトで共通データ環境(Common Data
Environment:以下、CDE)を使い始めた頃でした。
当時は、CDEが世に出始めた頃だったため、機能が充実していたわけではありません。それで
も、より多くの人とモデルを共有できることが、嬉しくて仕方がありませんでした。数量や施
工手順を職長との確認。発注者への追加変更要因の説明。それらの作業を、常に一つのモデル
を見ながら進めていくことができる。これまで、図面とスケッチを駆使して築いていた「共通
認識」を、BIMモデルを使ったコミュニケーションでより早く深めていけるようになりました。
コミュニケーションコストは人数の二乗に比例して増加する
「ブルックスの法則」というものをご存知でしょうか?「ブルックスの法則」は、1975年に
フレデリック・ブルックスが著書『人月の神話』で提唱した法則です。この法則は、「遅れて
いるソフトウェアプロジェクトに人員を追加すると、プロジェクト完了がさらに遅れる」とい
う現象を説明しています。
ブルックスの法則では、n人のチームではn(n-1)/2のコミュニケーションチャネルが発生する
と言われています(図1)。つまり、新たなメンバー数を加えるとコミュニケーションコスト
はその人数の二乗に比例して増加します。例えば、メンバー数を2倍にするとコストは4倍に
なり、4倍にすると16倍になります。この法則は特に大規模プロジェクトで顕著であると言わ
れています。このブルックスの法則自体は、ソフトウェア工学のプロダクト開発について論じ
られたものですが、ソフトウェア開発と似た側面を持っている建設業界に当てはめて考えてみ
ましょう。
CDEを活用すれば、コミュニケーションコストの増大を抑えてくれる
CDE上にBIMがある場合は、図2のようになると考えています。コロナ以降、Microsoft
Teamsなどの技術が進歩し、新しいテクノロジーで密なコミュニケーションを取ることが可能
になりました。でも、それは、それぞれのコミュニケーションを活発にしてくれるものの、コ
ミュニケーションの複雑さを解消してくれるわけではありません。しかし、CDEにはコミュニ
ケーションチャネルを減らす効果があります。これまでは、この中心にある「コミュニケー
ション・ハブ」のようなものを「経験豊富で優秀な人」に頼ることが多かったと思います。そ
ういう人がいれば、プロジェクトがうまくいく。そういう人がいなければ、プロジェクトはう
まくいかない。でも、今はそういった「経験豊富で優秀な人」も減ってきて、社会の変化のス
ピードや複雑性はさらに増すばかりです。これから、多様性が増し、技術がさらに進化してい
くと、プロジェクトにおけるコミュニケーション環境もどんどん複雑になる可能性があります。
だからこそ、コミュニケーションコストの増大を抑えるために、CDEを適切に使っていくこと
がより求められてくるのです。
CDE上のコミュニケーションの効果を高める3つのポイント
個人的には、CDE上のコミュニケーションの効果を高めるには、三つのポイントがあると考え
ています。
一つ目は、意思決定に関わる部分をCDE上で行うようにすることです。私なりの経験談になっ
てしまいますが、CDE上ではフロー(流れ)を持った総合図調整や課題管理などの意思決定が
行われている時がうまくいきます。その観点では、品質管理なども適していると言えると思い
ます。逆にCDEは、通常Microsoft Teamsなどのチャット系ツールで行われる日常的な会話を
得意としません。すべてのコミュニケーションをCDE上で行おうとすると、うまくいきません。
二つ目は、モデルの信頼度。モデルの詳細度ではありません。モデル自体に大きな間違いがな
いこと。そして、モデルの条件や状態について、プロジェクト関係者が同意していることです。
新しい情報を更新し、モデルの信頼度が増すことで、ただのファイルサーバーとは違う、BIM
のあるCDEの良さが生き、プロジェクト関係者の「共通理解」が深まります。
三つ目は、両方のバランスです。それぞれの長所短所を理解して、プロジェクト関係者でCDE
の使い方を決めていかなければいけません。つまり、先に示した2つの図を両立しながら構築
していくことが、プロジェクトの意思決定やコミュニケーションを円滑に行うことに繋がり、
プロジェクトを成功へと導いてくれます。
「あるといいもの」から「なくてはならないもの」へ
ある総合病院のプロジェクトでの事例を紹介します。そのプロジェクトでは、着工して間もな
くCDEを使い始め、課題解決コミュニケーションが継続的に実施されました。CDE上では、発
注者が中心となって、設計事務所、ゼネコン、設備サブコンの各担当が一つのプラットフォー
ム上で総合図調整などの意思決定を行いました。プロジェクトチームとして、竣工まで8,000
を超えるイシューを、CDE上で解決してきました。発注者側の担当者の方からは「CDEがなけ
れば、このプロジェクトの管理はできなかった」というコメントをいただきました。まさに、
CDEが「あるといいもの」から「なくてはならないもの」になったと言えると思います。
しかし、上記のプロジェクトのような「完全にやりきった」プロジェクトは、まだ多くありま
せん。今後、複雑性が高い建設プロジェクトにおける共通認識をより深くしていくためには、
単にツールや手法を変えるだけではなく、人と人とのつながり方、情報の流れ方、そして組織
文化を変えていくことが求められます。それらのことを実現し、「共通認識の質を高める」こ
とによるメリットを再現性高く得ていくために、「リーンコンストラクション」という活動を
始めました。次回のコラムでは、その内容について書きたいと思います。
さいごに
今回、コラムを執筆させたいただくことになって、BIMに触れ始めたときのことを思い出して
いました。写真は、最初にBIMを活用した後に、buildingSMART Internationalのサミットで
プレゼンテーションする機会を得た時に撮影したものです。もう、約8年前になるのですが、
何もわかっていなかったこの頃の方が純粋にBIMで深める「共通認識」を楽しんでいた気もし
て、不思議な気持ちになりました。今後ともよろしくお願いいたします。