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コラム

情報と美しさ

2026.07.28

パラメトリック・ボイス

               コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡

情報とは何か、と問われると抽象的で哲学的な問のように聞こえるが、大学で電子情報工学を
学んでいた頃の授業で「これが情報です」と示されて驚いた記憶がある(図1)。

 図1 自己情報量

 図1 自己情報量


ここで事象Eが起こる確率をp(E)として、I(E)は事象Eが起きたことを知らされたときに受け
取る情報、より厳密には自己情報量である。つまり、起こる確率が低い出来事ほど、それが起
きたと知らされたときの情報量(=驚き)は大きく、起こる確率が高い出来事について得られ
る情報量は小さい。
 
このように情報を定めたのが、アラン・チューリングやジョン・フォン・ノイマンに並んでコ
ンピュータ科学・情報科学の基礎を築いたとされ、1948年にベル研究所で発表した論文
「A Mathematical Theory of Communication(通信の数学的理論)」によって、情報理論
という新しい数学的枠組みを確立したクロード・シャノン(図2)である(ちなみにシャノン
の祖先にあたる17世紀のアメリカ初期植民地時代の指導者ジョン・オグデンはトーマス・エ
ジソンの祖先でもあるという)シャノンは大学でブール代数を学び1937年にMITでの修士
論文でデジタル回路設計の基礎も築き上げたが、彼の情報理論はコンピュータによる情報処理
よりも、主として通信における情報伝達を対象としていた。電話や電信のような通信システム
において、送り手が意図したメッセージを、どれだけ正確に、効率よく受け手に届けられるか
という問題意識のもと、数学的理論が組み上げられている。
 

             図2 クロード・シャノン
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シャノンが定義したもう一つの指標に平均情報量(エントロピー)がある(図3)。

 図3 エントロピー

 図3 エントロピー


これは、ある情報源(複数の記号やメッセージを生成しうる仕組み)全体が持つ平均的な不確
実性を意味し、エントロピーが小さい状態とは記号の発生確率に偏りがあり、現れるメッセー
ジの予測がしやすい状態を意味する。エントロピーが最大になるのは記号が均等な確率で現れ
る場合であり、その場合は次に現れる記号の予測は最も困難になる。また、エントロピーが小
さいことは生成しうるメッセージ全体に対して冗長性が高いことを意味し、データの圧縮が可
能であることが示される。
 
また上記の定義の前提でもあるが、通信におけるメッセージの意味内容を工学的問題として扱
わず、理論的枠組から外した点もシャノンのもう一つの功績と言われる。送信されるメッセー
ジが文章なのか数値なのか音声なのか、それがどんな内容であるのかは一切関係なく、送信さ
れる可能性のあるメッセージの中から、実際に何が送られたかを受信側がどれだけ正確に特定
できるか、という点だけを情報理論は問題としている。これが通信工学にとどまらず遺伝学や
言語学など広い分野への情報理論の応用可能性を広げている。
 
シャノンの情報理論は、情報通信技術の礎として我々の現在の暮らしにも大きな影響を及ぼし
ているが、シャノンの情報理論を手がかりに、美を数理的に理解しようと試みた人物が二人い
る。ドイツの哲学者マックス・ベンゼとフランスの工学者・哲学者アブラハム・モルである。
また、シャノンが情報理論を作り上げるより前の時代に数学と美学の関係に取り組んだアメリ
カの数学者もいた。ジョージ・デビット・バーコフである(図4)。
 

             図4 ジョージ・デビット・バーコフ
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バーコフはハーバード大学で長年教鞭を執る一方、エルゴード定理を証明して、時間平均と空
間平均が一致するエルゴード性についてのエルゴード理論の発展に大きく貢献した数学者であ
晩年には数学と哲学や芸術との関係にも関心を広げ、美を数学的に捉える試みを行った。
1933年に書かれた『Aesthetic Measure(美の尺度)』でバーコフは、芸術作品の美を秩
序(Order)と複雑さ(Complexity)という二つの要素で捉え、次のような美の尺度Mを提案
した(図5)。
 

 図5 バーコフの美の尺度

 図5 バーコフの美の尺度


ここでバーコフが言う秩序とは、例えば対称性や繰り返し、比例関係のような規則性を持指し、
複雑さとは、頂点や線分の数のような全体を構成する要素の数のような値である(図6)。た
だし、上記の式は一見すると、美の尺度が高いものとは、できるだけ秩序があり、できるだけ
複雑でないシンプルなもののように見えてしまう。しかしバーコフの想定では秩序と複雑さは
独立ではなく、高い秩序・規則性を達成するには、ある程度の複雑さ・要素数を必要とすると
考えており、十分な複雑さがあり、その複雑さが秩序によって統一されているものを美しいと
考えていた。

     図6 対称性などの規則性と頂点数などの複雑さに基づいて計算された美の
     尺度の例
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     尺度の例
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バーコフが美の尺度をアメリカで発表した1933年に、ドイツではミースファンデル・ロー
エが最後の校長を務めるバウハウスがナチスの弾圧により閉校した。それから20年後の
1953年に、バウハウス出身のマックス・ビルが校長を務め、バウハウスの教育理念を継いだ
ウルム造形大学が設立された(図7)。この大学の情報学科長を務めたのがシュツットガルト
大学でも教鞭を執るマックス・ベンゼである(図8)。

  図7 マックス・ビルによる設計のウルム造形大学
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         図8 マックス・ベンゼ
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ベンゼはバーコフの美の尺度と、シャノンの情報理論、さらに同理論と同じく1948年に発表
されたノーバート・ウィーナーの『Cybernetics(サイバネティクス)』をもとにして、情報
美学を組み上げていった。ベンゼはまず、作品の内容そのものを指す意味的情報よりも、内容
とは独立に、記号の配列そのものが持つ秩序や複雑さから生じる美的情報に着目した。例えば
詩で言えば、「何が書かれているか」ではなく「どう書かれているか」つまりリズムや反復、
そこからの逸脱のパターンが美的情報にあたる。そしてその情報をエントロピーや冗長性とい
う情報理論が与える指標を手がかりに、美の合理的で科学的な仕組みを解明しようとした。ベ
ンゼはバーコフのように明確な美の指標を定義していないが、情報の規則性や構造が重要と考
えた。
 
また、美的情報を通じた作品の分析や評価だけでなく、作品を生成する手法も模索し、規範か
らの逸脱や新規性の確率を人工的に生み出すことを目的として生成美学の研究にも取り組んだ
ベンゼの生成美学では、①チャールズ・サンダース・パースの記号学に基づいて、作品を記号
と意味の関係から捉える記号論的方法、②数値や比例関係によって構成や形態を定める計量的
方法、③要素の出現頻度や分布を制御する統計的方法、④構成要素のつながりや集合構造、そ
の単純性・複雑性を扱うトポロジカルな方法という四つの方法が示される。さらにベンゼは作
品生成に利用可能な記号の集合であるレパートリーという概念も導入し、作品の生成では、レ
パートリーの中から記号を選択し、それらを配置・構成することで作品が生成されると考えた
ここに読者は設計に用いるパラメータを選択し、それらによる幾何学演算を構成するパラメト
リックデザインとの類似性を見るのではなかろうか。
 
ベンゼとほぼ同時期に、フランスではアブラハム・モルが情報理論とサイバネティクスを基礎
に独自の情報美学を展開した(図9)。工学と物理学を修めたモルはその後、心理学や社会学
へと研究領域を広げ、芸術作品を情報の生成だけでなく、その受容まで含めたコミュニケー
ションの過程として捉えた。ベンゼが作品の内部構造や生成規則に重点を置いたのに対し、モ
ルは作品と受け手との関係に目を向け、情報は受け手の知覚能力や文化的経験によって初めて
意味を持つと考えた。1958年に記した『Théorie de l'information et perception
esthétique(情報理論と美的知覚)』では、芸術作品は秩序と予測不能性(エントロピー)との
均衡の上に成り立つと考えた。単純すぎれば退屈に、複雑すぎれば雑音となるため、美的価値
が生まれるのは、人間が理解可能でありながら新鮮さを失わない情報量の範囲においてだと論
じている。また、モルは芸術作品を情報理論だけでなくマスメディアや文化の流通という観点
からも考察し、広告やデザインを含む現代文化を情報の伝達・受容の過程として分析した。
バーコフが美を数理的に測定し、ベンゼが情報構造として分析し生成しようとしたとすれば、
モルはさらにその情報を人間がどのように知覚し、理解し、文化の中で受容するのかという認
知とコミュニケーションの次元へと議論を拡張したと言える。

             図9 アブラハム・モル
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以上、情報と美しさにまつわる研究の歴史を見てきた。このような芸術を科学的に捉え直すと
いう動きは1950~60年代に活発になり、その後下火にはなったが、ベンゼやモルの取り組み
はジェネラティブアートの理論的背景の一つとなり、その流れはジェネラティブデザインやコ
ンピュテーショナルデザインにも受け継がれているこのような先人たちの試みを知ることが、
コンピュテーショナルデザインや建築情報学に携わる読者の皆様の思考を広げる一助になれば
と思う。

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表