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コラム

アノニマスな建築でナラティブを語るAI

2026.07.30

パラメトリック・ボイス               前田建設工業 綱川隆司


「最近の学生は建築家の名前を知らない」と、大学で教鞭をとる建築家の先生が嘆きました。
私にも思い当たる節があり、今年入社した意匠設計の新人に尋ねてみたところ、建築作品のリ
ファレンスの仕方が以前とは大きく変わっていることが分かりました。

まずは私が学生の時代(1993年以前)を振り返ります。設計課題に取り組む際には実務経験
が無いので事例を探すしかありません。大学側もそれは承知で、生活に直結の戸建ての住宅課
題から始めます。時代はまだインターネットの黎明期で、建築雑誌のバックナンバーや作品集
など紙のメディアに頼ることになります。当時「GA HOUSES」のプロジェクト特集号はお気
に入りでこれには竣工した写真ではなく計画中の模型やドローイングが中心で掲載されてお
り、学生の課題製作には最適な資料でした。私はそこでモーフォシス、アイゼンマン、
ゲーリーらの計画中のアウトプットを見て建築の面白さを認識しました。またこの住宅課題は
1年を通して4人の国内の建築家(お名前は伏せますがその後プリツカー賞をお二人が獲られ
ました)から出題されました。エスキスや提出後の講評でのクリティークや言動に触れること
は大げさでなく「脳を焼かれる」思いでしたので、そのあとで貪るように読んだテキストを含
め、建築作品を知ることは建築家を知ることとほぼ同義であったと記憶してます。

一方でネットやSNS、画像検索AIが普及した現在においては、初手が画像検索となります。先
の新人はPinterestを多用していたそうですが、キーワードで検索すると関連画像が大量に収集
できます。彼が言うには、並んだ画像を選ぶ判断基準として、その作品の設計が著名な建築家
か組織設計事務所か、はたまたゼネコン設計部であろうが全てフラットだそうです。そこに並
んだ大量の画像をスクロール閲覧するだけで深堀りをしない限り、誰が設計したか把握できま
せんし、言い方はアレですがデザインを真似るための元ネタ探しであれば、誰もが知る著名な
建築家ではない方がむしろ好ましい状況でしょうか。ただ画像偏重になったことで設計思想や
その背景まで辿ることなく、絵の雰囲気やマテリアルなど表層的な理解に留まっているとする
ならば、昭和の人間の私としては建築教育的に大問題だと言わざるを得ません。

ここまで書き進めてみて、昨今の画像生成AIはさらに状況を悪化させる可能性があると気づき
ます。うまく言語化できる自信がないですが、すでにネットにはAIで生成された建築画像が散
見され、その多くはその原典というべきものがあるのか分かりません。学生の課題レベルの話
ではなく実務レベルの話になりますが、実際にいくつかの設計組織で最初のアイデア出しの段
階で画像生成AIを使っている話は聞いています。具体的なプロンプトまで確認はしませんでし
たが、求めているのがアイデアの新規性や刺激性だとしたら、その原典や系譜を持たないデザ
インの手法が結果的に建築のアノニマス化に繋がるのがとても皮肉なことに思えます。アノニ
マスな建築とは本来自然発生的に生まれた「無名の建築」「建築家なしの建築」ですから
無印良品的な実用美を指すポジティブな意味を指すべきです。

ここまでの流れを当のAI(Copilot)に尋ねてみました。回答は『AIは必ずしも悪ではない』
とのこと。おー、反論するのか?

『なぜなら生成AIは、Pinterestよりさらに先の建築の民主化を起こしているからです。昔は、
雑誌を買う、図面を集める必要がありました。今は学生がAIに頼むことで発想量は圧倒的に増
えます。問題はアウトプットではなく「批評と解釈」の部分です。(中略)物語を構築するの
はまだ人間です。AI時代にこそ建築史、建築理論、建築家の思想の価値が逆に上がる可能性が
あります。』

あー、これは流行りのナラティブというやつですね。ちょうどさっきの社内会議で設計者に今
必要なスキルは「語り」である、という話が出ました。これから恐らく案件の数自体が増える
という楽観的な見通しはない中で、選ばれる設計者は正にナラティブ・アーキテクトであるか
もしれません。社会環境的にも「何を建てるか」ではなく「何故建てるのか」から説明が必要
になります。つまり倫理的判断者であり社会的合意形成者であるはずの建築家が、やはり匿名
でいいとは思えません。是非若い人たちは「自分の名前を刻み付ける」覚悟でこの仕事に臨ん
で欲しいと思います。


そもそもですが一般の方々にとって、街で目にする建物を誰が設計したのか、どこの会社が建
てたのか、ということ自体あまり気にする機会もなく知る術もないというのは昔と今も変わら
ないことかもしれません。あるインタビューで「エンドロールのある建築」について語りまし
た。建築には事業の企画担当から現場で腕を振るう職人まで様々な方々が必要ですが、そんな
関係者達の記録を映画の最後に流れるエンドロールのように残せたらと思いました。この写真
は取手市の弊社ICI総合センター内に移築した旧渡辺甚吉邸の門塀で、この工事に携わったす
べての関係者の名前が記されたプレートが設置されています。

綱川 隆司 氏

前田建設工業 建築事業本部 設計戦略部長