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コラム

コーヒーメーカーがBIMチームを救った話

2017.01.10

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

私はシンガポールで4年間、駐在員として仕事をしていました。初めての海外、初めての超高
層……いろいろと初めてづくしの中にいると、とにかく毎日が「たいへんだ、たいへんだ」の
連続で、何がどう大変なのかの因数分解ができなくなることがあります。
たとえば「英語がわからない」という事象ひとつとっても、私が単語や言い回しを知らないか
らなのか、話題についての事前知識がないせいなのか、相手の説明が下手だからなのか、ひい
てはその人の滑舌が悪いからなのか、ある程度までできるようになって初めて分析的に把握で
きるようになるものです。
そうして、文化の違い、生活の違い、習慣の違いなどをある程度克服した先に、いつまでも手
元に残っていたのは「マネジメント」という課題でした。
 
私は海外に出て「マネージャ」という肩書きがつき、部下が配属され、彼らに対して仕事上の
責任のある立場につくことになりました。部下は上司の気持ちを理解できない、とよく言われ
ますが本当にその通りで、部下ばかり6年やってきた私には、今マネジメントしているとされ
ているものごとがどうあるべきか、という考えに至るまでずいぶんと時間を要してしまいまし
た。まず目の前の仕事を片付けたい。スタッフにはBIMトレーニングも必要だ。お金は決まっ
てしまっているのでその範囲内でなんとかしたい。やり始めると人が足りないので採用したい。
BIMモデルが出来てきたら現場の中で使ってもらいたい。建築主にはどこを目指していくかの
議論に加わってほしい。今度はBIMが後追いでなく先行して使える場面を探したい。次の現場
が始まったら反省点を活かしてもう少しうまくやりたい。これが私のたどってきた思考のシー
クエンスでした。
そしてここへ来て、一度立ち止まって考えるようになりました。マネージャとは何なのか。
 
もともと、部下も含めて私が最若手でした。英語の面でも3Dスキルの面でもリーダーシップ
を取れているとも言えません。
第一線にいるチームメンバーの働きやすい環境を整える雑用係的役割を引き受ける、そのため
に履行できる権限がマネージャである自分にはある。さしあたってこのように考えてみました。
これなら年齢や言葉の件も自分なりに納得できるような気がしたし、実際悪い考え方ではな
かったように思います。
しかしそこまででした。チームのあるべき姿とか、チームの結束力みたいなものはそこからは
生まれてきませんでした。献身的なスタッフもいれば、私よりずっと建設業の経験が豊富でプ
ライドもあって、そのせいか私のタイムラインに協力してくれないスタッフもいました。全体
としての仕事は進んでいきましたが、「もしこの部署が一つの会社だったら、ひょっとして潰
れているのでは?」などと考えはじめ、それが頭から離れなくなりました。
 
いろいろ考えた挙句、「わからないことは人に聞く」という原則に戻ることにしました。週に
1回だったチームミーティングを2回に増やし、仕事の支障になっていること、チームを良く
するためにできそうなことを話し合う場を作ることにしました。
しかし正直なところ、「どうすればもっとよくなるかチームで話し合う」という性質のものが
本当に機能するかどうかは半信半疑でした。どうせ積極的な発言は望めないし、みんな退屈し
て終わってしまうだけなのではないかと思い、自分で言い出しておきながら、あまり気が乗ら
ないスタートでした。
 
しかし始めてみてわかったことに、技術的な問題点や情報共有はとても積極的に行われ、お互
い困っていること、うまいやり方などの話は大いに盛り上がりました。もともと、有用な情報
はオンラインでシェアできる仕組みを作ってはいたのですが、やはり話し合い、毎週試して結
果を見てみるというプロセスに勝るものはありませんでした。
そしてもう一つ、仕事環境についての話が色々と議題に上がってきました。当時我々は空港プ
ロジェクトの現場事務所にいて、街からも周りのお店からも遠い場所でした。それでもせめて
何かできることを、という話になり、みんなでお金を出し合ってコーヒーメーカーを買うこと
に決めました。現場にも売店やパントリーがあってコーヒーはいつでも飲めたのですが、チー
ムのために、自分たちが好きなコーヒー豆を選んで自分たちで淹れるシステムも悪くないかな、
と思ったのです。
 
実はこのコーヒーメーカーを買うというアクションが私にとって「チームビルディングとは何
か」の第一歩でした。
これを決めたミーティングのすぐあと、あるスタッフはコーヒーメーカーの価格を調べ、別な
スタッフがみんなから4ドルずつカンパを募って資金調達をしてくれました。バイクで通勤し
ているスタッフがその日の帰りにさっそくコーヒーメーカーを購入。私はコーヒー豆をいくつ
か選んで持っていきました。掃除当番のルールができ、クッキーやお菓子の差し入れが置かれ
はじめ、片付けのルールが生まれました。その流れで今度はトースターも買おう、ということ
になり、BIMチームは現場事務所の中でトーストとコーヒーの香りで一日が始まるようになり
ました。
こうなると他の人も集まってきます。毎朝コーヒーを飲みに来るかわりにコーヒー豆を差し入
れてくれる人もいました。夕方トーストを焼きにきながら雑談をする人もできました。BIM
チームは人によっては「何かBIMをやっているスタッフの集団」というくらいの認知度だった
のですが、こうしてほんの少しながら、他の人との交流を増やしていくことができました。
 
スタッフとは昇給の交渉などがあるため、年に1回は全員面談をするのですが、その面談も年
3回に増やしました。ミーティングの場では言いにくいような個人的な問題をもっと知りたい
と思ったためです。その際に「BIMチームは現場のグループで唯一コーヒーメーカーとトース
ターのあるチームです」とわざわざ定義してくれたスタッフがいて、あまりにも当たり前のこ
とながら、私はとてもうれしく感じていました。BIMチームに「BIMの集団」という以外の
キャラクターが生まれ始めたことがわかったからです。
 
チームメンバーあってのチームです。メンバーのことをよく理解すれば、チームのキャラク
ターが強化され、共通意識が強まっていくのではないかという考えが生まれました。あとは方
法だけです。
以前会社で受けた研修の中で、「価値のリスト」と呼ばれるものがとても印象に残っていまし
た。あらためて調べてみるとそれは、コーチングの第一人者と言われるThomas Leonardが提
唱したCore Values *1が原典でした。150の形容詞の中から、自分が気になるもの、良いと思
うものを20個ほど選び取ってゆくのです。
例えば私なら、「魅力的な」「情報を与える」「思いつく」などの言葉には強く反応しますが、
「危険」「統治する」「偉大」は選ばない、というように自分のキャラクターを理解するのに
役立ちます。さらに1年ほど時間をおいてやってみると、同じ自分のチョイスでも選ぶ単語が
変わってきます。こうして人がいま何に価値を置いているのか認識するためのツールとして考
案されたものでした。
そこで私はこの英語版リストを手に入れ、「息抜きのクイズ」と称してスタッフにやってもら
いました。リストから選んでもらって全員分を集計し、選ばれた単語に傾向が出れば、それが
チームのカラーだと考えられるのではないか、と思ったからです。
 
その結果、チームのカラーがあまりにもはっきりと分かり、私は嬉しいやら驚くやら、正直
もっと早くやっていればよかったと思ってしまいました。半数以上のスタッフに選ばれた単語
は「創造的である」「元気づける」「教える」「学ぶ」「感じる」「改善する」「提供する」
「達成する」「インスパイアする」。そして最も多く選ばれた単語、80%のスタッフが150の
リストの中から共通して選んだ言葉があります。それは「Have fun」、「楽しむ」でした。
 
その単語自体に意外性はありません。しかし、「チームが仕事を“楽しむ“ことを最も大切に
している」という結論に私が一人で辿り着くことは不可能だったでしょうし、そうすべきでも
なかったと思います。この結果はミーティングでフィードバックし、「みんなが選んだ言葉」
として大事にするようになりました。どうしたら日々の仕事の中に楽しい要素を見つけていけ
るか。仕事を楽しめているか。それらは日々の仕事を見つめる上でのクライテリアになりまし
た。そしてチームが自分自身の仕事を定義するため、最終的には4分間のムービーを作ること
になりました。仕事の合間を縫ってスタッフが大いに楽しんだことは言うまでもありません。
私はそれを通じて、仕事では知り得なかったスタッフの才能をたくさん発見することにもなり
ました。
 
この話は、私の「チームビルディング」に関する体験です。私がこの話を大事に思っているの
には理由があります。
日本の建設業は高度に洗練されています。しかしその分、職能別に専門化された人々の集団が
仕事をするシステムが継続すると、仕事を型にはめて考えるようになってゆきがちです。「サ
イロ・エフェクト」*2などで指摘されるように、幅広い可能性を持った人・環境・プロジェク
トを、漏斗のような先のすぼんだフォーマットに押し込めてしまう狭窄なシステムに陥ってし
まう可能性を孕んでいます。
そのシステム自体を否定するものではありません。しかし、BIMというプラットフォームにつ
いて考えることはまさに、サイロとサイロの間をつなぐ方法論を考えることであり、そのため
にはほぼ自明に「既存のシステムとは異なる体系」を必要とします。
 
ここでいう体系とは、とくに企業や学校においては、人事体系・評価体系・教育体系でもあり
ます。これらは一度作り上げると変えるのが難しいシステムですが、それゆえに制度ありきの
発想が強くなりやすくもあります。
既存の制度を壊して回るばかりが方法論ではありません(それもまた良し、ですが 笑)。それ
を与条件としたチームをデザインすればよいのです。デザインのためのツールはたくさんある
のですが、大切で大変なのはコンセプトメイキングです。私は、みんなで買った1台のコー
ヒーメーカーを通じて、どうすればそこに目を向けられるのかに気づきました。
 
BIMとはそういうことだ、と私は思います。そしてそうである以上、私はどんなスタイルから
もできるだけ自由でありたいとも考えています。お気に入りの1セットのやり方だけでなく、
色々なチーム・プロジェクトごとの事情を楽しみ、その場にふさわしい盛り上がりを作ってい
けるように。
 
*1  Core Values, Based on the work of Thomas Leonard & Coach U
*2  「サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠」、ジリアン・テット著、土方奈美訳、2016

 くだんのコーヒーメーカーとトースター。このあとトースターには埃が入らないようお手製の   カバーまで作られた。

 くだんのコーヒーメーカーとトースター。このあとトースターには埃が入らないようお手製の   カバーまで作られた。


 

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授