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コラム

BIMと次世代の維持管理(※ここに答えはありません)

2024.06.20

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

ここに答えはありません。

なんて書くと、落胆する方も多いのではないだろうか。それほどまでに、BIMが維持管理の世
界を変える、と多くの人々が期待を込めて信じている。2年ほど前のコラム「BIMで維持管理
が変わるという幻想
」で、その期待の高さに比してBIMがあまりにも無力であることを書い
た。いや、ここでBIMという言葉を使うのは語弊がある。先ほど使用した「BIM」とは、設計
者がCADの代わりに使う、三次元で設計するあのソフトのことである。

あのソフトはモデリングのための道具であり、維持管理の実務を直接的に支援し得ない状況に
今も変わりはない。しかし、BIMデータをクラウドで扱う技術の進展により、(あのソフトの
方ではない)概念としてのBIMの維持管理への導入が現実味を帯びてきた。
それに伴い、それらしいシステムや取り組みもずいぶん散見されるようになってきたような気
がする。全ての動向を知っているわけではないので言い切る自信はないのだが、いくつか見聞
きする華々しい成果は、少なくとも私の目には先進的取り組みという衣をまとったブラフのよ
うに見える。

さて、維持管理実務でこの種のシステムの導入が一向に進まないのはなぜだろうか。様々な理
由や個々の事情があろうが、ここでは思い切って「点検」に焦点を当て、持論を展開したい。
「点検」は維持管理対象施設の今を知るための重要業務の一つである。この種のシステムが未
成熟ということもあろうが、点検結果の記録手段を、従来の紙と鉛筆からBIMやクラウド、モ
バイル端末など先端技術の結晶に置き換える必要性は、いったいどれほどあるのだろうかと考
えてしまう。とどのつまり、システムの導入や維持、教育に要するコストに見合う見返りが得
られるかどうか、である。

業務上の利益を水分だとすると、現状の維持管理は雑巾を固く絞った状態であると言われる。
にもかかわらず、システムを導入するだけで、雑巾から魔法のように水があふれ出ることが、
果たしてあるだろうか。
もちろん、現状の維持管理に困りごとは山ほどある。しかし、それらを解決し多少工夫したと
ころで、絞った雑巾からにじみ出る水分はたかが知れている。だが、絞っていない雑巾を探し
出すことはできるし、新しい道具だとその雑巾を絞ることができるかもしれない。どうすれば
そのような雑巾を探し出すことができるのか。そんなわけで、道具だけを売る商売は、この世
界では成り立たないとの結論に思い至った。

すなわち、新しい道具そのものに意味があるのではなく、新しい道具を使いどのような業務を
するのかに意味がある。システム導入の際に、維持管理の業務を見つめ直すことにこそ価値が
ある。
そんなこと知ってるよ、それがDXの本質じゃないか、とおっしゃる方もいるだろう。ではあ
なたは、汗をかきかき現場で点検作業する技術者が、日々どんなことをしているか、なぜそれ
を点検しあれを点検しないのか、どんな方法でどんなタイミングで点検しているか、何に困っ
ているかをご存じだろうか。ポケットに入らないタブレットが、点検技術者を現場でどれくら
い危険な状況にさらすかを理解しているだろうか。
これらの業務に関する深い洞察結果が反映される対象は維持管理モデルであり、維持管理モデ
ルの役割軽視が、この種のシステムが普及する阻害要因となっているという確信を持ってい
る。維持管理モデルが変わると、それに対応するようにシステムの部分改修が必要となる。繰
り返すが、大切なのは業務への深い理解とそれに対応した維持管理モデルである。

ずいぶん待っていたけれども誰もやってくれないので、自分でそれを実行することにした。
建設会社、ビル管理会社、システム開発会社、大学研究室で理想かつ最強の「バンド」が、今
まさにできあがったところである。デビュー曲は決まっている。どのメンバーとて大都市には
位置せず、日本津々浦々の大多数の困りごとを地方目線で解決する、長年夢見てきた取り組み
が晴れて始動した。

BIMとクラウド技術を活用した維持管理業務支援について研究している大学院2年生のH君は、
彼特有の不器用な話し方でこの研究を卒業後も続けてみたいと言う。
もはや研究とは言えないこの実務的なプロジェクトに今日まで従事してきたことは、学生の彼
にとってきっと厳しく大変な道程だったに違いない。にもかかわらずこの道を歩み続けたいと
いう理由は、この物語の行く末を自分の目で確かめてみたいからではないだろうか。

不意に、コンピュータやインターネットが変える設計環境の未来をこの目で確かめたくて、熊
本大学の門を叩いたことを思い出した。あれから20年、確かに設計環境はずいぶん変わったと
思う。維持管理にも、そんな未来が待っているのだろうか。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授